22話 ラズリス魔石鉱(1)
魔石鉱の中は薄暗く、普段なら火が灯っているであろう壁掛けの松明が寂寥を感じさせる。
灯火によって照らされた通路は明るいが、それ故に前方の暗闇がより恐ろしかった。
不気味なまでの静寂。
無駄口を叩くこともなく、ラクサーシャたちは進んでいく。
彼らの第六感は、付近に蠢く死霊の気配を感じ取っていた。
初日の目標は魔石鉱の様子見である。
魔石鉱は長きに渡って採掘され続けていたため、その広さは並大抵の迷宮よりも厄介だ。
故に一日での踏破は目指さず、何日かに分けて遺跡の入口を捜すことになる。
魔石鉱に入ってすぐ、前方に気配を感じ抜刀する。
「剣士殿、まずは私が」
セレスが前へ出る。
剣に魔力を流し込むと、白炎がゆらりと立ち上る。
警戒する彼女の前に現れたのは、三体の骸骨兵だった。
酷く錆び付いた剣を振り上げ、骸骨兵が襲いかかってくる。
その動きは緩慢だが、警戒は怠らない。
セレスは剣を上段に構えると、地を大きく踏み込んだ。
一足、先頭の骸骨兵の懐に入り込み、切り上げる。
二足、体を捻り、横の骸骨兵を横薙ぎに切り捨てる。
三足、残された一体を、剣で貫く。
流れるような剣閃に、ラクサーシャたちは感心したようにため息を吐いた。
近衛騎士団の団長を務めるに相応しい技量の持ち主だった。
セレスは剣をしまうと、笑みを浮かべてみせる。
それも束の間、一同は次なる気配を感じ取る。
爛れた体を引きずるように、生屍が現れた。
焦点の合わない目が、ぐるりとこちらへ向けられる。
「オレがいく」
レーガンは短くそう言うと、戦斧を構える。
魔力を込めると、巨大な刃が紫電を纏った。
大きく息を吸い込み、強烈な一撃を放つ。
その一撃は、速く重く、それでいて精密だった。
生屍を容易く押し潰し、紫電の熱量によって蒸発させる。
威力を込めた一撃にも関わらず、地面には微かに焦げ跡が残るのみ。
彼の技量があれば、魔石鉱を崩落させることもないだろう。
振り返り犬歯を剥き出しに笑うレーガンを見れば、戦鬼と称されるのも納得するだろう。
大陸でも十名しかいないミスリルプレート、その名に恥じない戦いを見せつけた。
互いの実力を認めたためか、セレスとレーガンは息の合った連携を可能となる。
死霊との連戦も恐るるに足らず、ほとんど消耗もなく別れ道まで到着した。
セレスは地図を確認する。
「左の道は広い空間に繋がっている。右は無数の別れ道だ」
「左には無数の気配を感じる。恐らく、死霊の巣窟となっているだろう」
ラクサーシャの言葉にセレスとレーガンが頷く。
死霊が遺跡から出てきたのならば、広場の奥にある可能性は十分に考えられる。
「けっこう多いがなぁ……行くってんだろ?」
「うむ。どちらにせよ、早い内に片付けた方が良いはずだ」
「剣士殿の言う通りだな。なに、これほどの戦力が揃っていれば、万が一など有り得ない」
三人は腕に自信があるため怯えはないが、クロウとベルはそうはいかない。
「なあ、旦那。本当に行くのかよ?」
「無論だ。ベルも良いな?」
「は、はい……」
「では、行くとしよう」
クロウとベルは顔を見合わせ肩を落とした。
ラクサーシャがいるのだから早々危機には陥らないことは分かっているのだが、それでも死霊の待ち構える地へ向かうのは恐ろしかった。
広場に近付くにつれて、死霊の数も増えてくる。
セレスとレーガンにはまだ余裕があるようだったが、ラクサーシャが疑問を口にした。
「進むにつれて、徐々にだが敵の質が上がってきているようだ」
「剣士殿も気付いていたか」
「うむ。何が要因かは分からぬが……」
ラクサーシャが首を傾げる。
すると、クロウが何かを思いついたように手を打ち、前に進み出てきた。
「なあ、セレス。俺に地図を見せてくれないか?」
「ん、構わんぞ」
クロウは地図を受け取ると、広い空間とその周辺を見る。
そこには丸印が付けられており、何かの数値が記載されていた。
「これは……もしかして、魔石の一時的な保管場所じゃないか?」
「確かにそうかも知れねぇけど、それがなんだってんだ?」
「死霊たちが魔石から溢れる魔力を食ってたら、質が上がるのも説明が付くかと思ったんだ」
クロウはそう言うと、地図をもう一度眺める。
どれだけの魔石が保管されていたかによって、危険度は大きく変わってくるだろう。
「ほう。死霊が魔石を喰らうか」
「可能性の話だけどな。魔石鉱に発生した魔物なら、その恩恵を受けている可能性は高い」
「ふむ、情報屋の話に一理あるな。凶悪な魔物は魔力濃度の濃い地で発生しやすいと聞く」
セレスがクロウの話に同意する。
「ってこたぁ、そこらの死霊どもが、魔石鉱の魔力を受けて活性化してるってか?」
「もしくは、遺跡に潜んでいた時代からっていうのもあり得るけどな」
クロウの言葉に、ベルが顔を青くする。
遺跡が魔石鉱の近くにあったのだから、その可能性は非常に高いだろう。
「……ということは、下手をすれば何百年と魔石鉱の恩恵を受け続けた死霊がいるんですか?」
「そうなるだろうな。それが、ラズリスの亡霊の正体だろうさ」
クロウの説明に一同は納得する。
ラクサーシャは先の空間に意識を向ける。
「だが、それほど凶悪な気配は感じんな。恐らく、この先の空間にはいなかろう」
「だろうなぁ。魔石に惹かれた死霊どもが集まってきたってのが自然だ。……っと、見えてきたな」
レーガンが首の関節を鳴らし、戦斧を構えた。
セレスが抜刀し、前方を睨みつける。
クロウが腰に下げた短剣を抜き、ベルがメイスをきゅっと握った。
通路に溢れている敵だけでも優に百を超えており、万が一に備え二人も警戒する。
道中は断続的に現れていた死霊たちが、今度は途切れることなく押し寄せる。
冥府の軍勢が押し寄せたかのような光景に、流石にセレスとレーガンも冷や汗を流す。
死霊の波と衝突する。
セレスとレーガンが奮闘するも、波の勢いを受け止めきれない。
狭い通路では並んで戦うことが難しく、本領発揮とはいかなかった。
ラクサーシャはその様子を見て、軍刀『信念』に手を添えた。
「狭い通路で迎え撃つのは好ましくない。広場まで押し返すべきだろう」
「だが、剣士殿。この数を一体どうやって……」
「私が行く」
ラクサーシャは静かに呟くと、抜刀する。
刀身に刻まれた術式の数は計り知れず、その内の幾つかが魔力光を発していた。
初めて見るラクサーシャの得物に、セレスとレーガンは息を呑む。
水平に構えられた刀。
その構えには一寸の歪みもない。
僅かに姿勢を前傾し、地を大きく踏み込み――空気が爆ぜる。
セレスとレーガンの目には、ラクサーシャがあたかも消えたかのように見えていた。
気付けば自分たちの前方で、恐ろしいほどの速度で死霊を葬っている。
ラクサーシャに気付いた死霊たちが剣を振り下ろすが、それを当てることは叶わない。
死霊の軍勢に囲まれているというのに、ラクサーシャには余裕の色さえ窺えた。
敵陣に単騎で切り込み、猛威を振るう。
戦場で魔刀の悪魔と呼ばれた所以はここにあった。
ラクサーシャは魔石鉱の崩落を警戒し、最低限の威力で敵を葬っていく。
その鮮やかな手並みに、セレスとレーガンは視線を逸らすことが出来ない。
その技量を僅かでも己の物にしようと、瞬きさえ惜しんでラクサーシャの姿を見つめる。
瞬く間に死霊を押し返すと、セレスとレーガンが戦線に復帰する。
セレスの流れるような剣閃、レーガンの豪快な一撃。
そして、ラクサーシャの理不尽なまでの強さ。
広場にさえ出られれば、死霊がいかに多くとも恐れるに値しなかった。
やがて全ての死霊を斬り伏せると、ラクサーシャたちは武器をしまった。
セレスは地図を確認する。
「ここで行き止まりだ。遺跡の入り口らしき物も見当たらない」
「かぁーっ、やっぱハズレかぁ……まあ、初日で見つけられるなんて思っちゃいねぇけどよお」
レーガンは残念そうに肩を落とした。
「今日はこの辺りで終えるべきだ。剣士殿もそれでいいか?」
「うむ、そうするべきだろう」
ラクサーシャたちは来た道を戻っていく。
先ほど通ったばかりだというのに、既に死霊が姿を現していた。
「こりゃ骨が折れそうだなぁ。騎士様よお、これ毎日相手すんのか?」
「それしかないだろう。この程度のことで根を上げるほど、貴様はヤワではないはずだ」
「根は上げねぇけど、こりゃ面倒だなぁ……」
レーガンは戦斧を振るいながら呟いた。
魔石鉱を出る頃には、既に日が沈んでいた。




