19話 烈火と戦鬼
クロウを見送ると、ラクサーシャは通信水晶を取り出した。
ベルは荷物を整理するとラクサーシャの横に腰掛ける。
通信水晶に魔力を込めると、淡い光を発し始めた。
やがて光は形を成していき、二人の目の前にヴァルマンとシャトレーゼの姿が映し出された。
「ヴァルマン、聞こえるか」
『ああ、感度は良好だよ。無事に関所を抜けられたみたいだね』
「うむ。そちらはどうだろうか?」
『こっちも先ほど拠点に到着したところだよ。まだ荷物の整理は終わってないけど、明日には諜報活動を開始できそうだ』
「分かった」
『それと、リィンスレイ将軍。シャトレーゼを助けてくれてありがとう』
ヴァルマンはシャトレーゼと共に頭を下げる。
「己の成すべきことをしたまでだ。何より、あの場でシャトレーゼを見捨てれば、私の信念を裏切ることになる」
ラクサーシャは軍刀『信念』を握り締める。
あの場で仲間を見捨てるような、信念無き男にはなりたくなかった。
シャルロッテが亡き今、己を突き動かしているのはそれだけだった。
ヴァルマンはもう一度礼を言うと、話を戻す。
『それで、将軍は今どこに?』
「王国の北方、ラズリスの町だ」
『ラズリスか。魔石鉱が近くにあるっていう、あの町かい?』
「うむ。だが、何か問題が起きているようだ」
ラクサーシャは先ほど宿屋の女将が話していた内容を伝える。
遺跡と亡霊について話を聞くと、ヴァルマンは難しそうな表情になる。
『ラズリスの魔石鉱か……。あそこは王国で最も大規模な鉱脈だからね。魔石不足になったりしたら、帝国が動くかもしれない』
「ならば、私が行くべきか」
『どうだろう。王国騎士団か、場合によっては近衛騎士団から既に討伐隊が組まれているかもしれないね。将軍が出るまでもなく、すぐに解決するかもしれない』
「そうか。ならば、少し様子を見るとしよう」
『それがいいだろうね』
ヴァルマンは頷く。
「それと、密使の男とは別行動になった」
『了解。確かにラジューレ公爵領には距離があるし、別行動をした方が効率が良さそうだ。そうすると、単騎で戦えるような英傑を探すのかな?』
「うむ。王国の各地を回り、それらしい情報を集めることにした」
情報収集に関してはクロウがいるため問題はないだろう。
王国にどれだけの英傑が存在するかは分からないが、帝国に次ぐ大国なのだから、相応の人数がいるはずだ。
問題は、どのように協力を取り付けるかだが。
理想としてはエイルディーン王国を味方に付けたいが、現状では王と謁見する方法もないのだからどうしようもない。
今するべきは、王国各地を回り仲間を捜すことだ。
「報告は以上だ」
『了解。こちらからも何かあれば連絡を入れるよ。ベルも、初めての旅で慣れないことも多いだろうけど、頑張って』
「はい、頑張ります」
ヴァルマンとの通信を切ると、ラクサーシャは日の位置を確認する。
「まだ夕食には時間があるか。私は町の様子を見に行くが、ベルも来るか?」
「私は……少し、宿で休んでます」
「分かった」
ベルの表情は優れない。
恐らく馬車での移動で疲弊しているのだろうとラクサーシャは思った。
ならば、無理に出歩かせるわけにもいかない。
ラクサーシャは宿を出ると、街道を歩く。
クロウも情報収集をしているだろうが、ラクサーシャには目がある。
難しいことは調べられなくとも、町を歩き回れば腕の立つ者を見つけ出せるだろう。
町を歩けば、聞こえてくる話題のほとんどが魔石鉱の亡霊についてだった。
様々な憶測が飛び交い、どれが真実かは分からない。
ただ一つ真実があるとすれば、この町は魔石不足で困窮していることだろう。
十分な食事も取れず空腹を訴える子どもたちを見て、ラクサーシャは胸を痛めた。
しばらく歩いていると、ラクサーシャは強者の気配を察知する。
前方からやってきたのは、フルプレートを身に纏った集団だった。
中でもラクサーシャの目に留まったのは、鎧の集団の先頭を歩く女騎士だった。
彼女の印象を言葉で例えるならば、烈火。
赤き髪を靡かせ悠然と歩く様は、見る者を平伏させるだけの力強さがあった。
何より、その気高き在り方が気に入った。
だがよく見れば、彼女たちの鎧には同じ紋章が刻まれている。
剣に貫かれた鷲獅子の紋様は、エイルディーン王国の近衛騎士団の象徴であった。
その若さを見る限り、かつての戦争には参加していないだろう。
名を明かしさえしなければ接触は出来るかもしれないが、それで協力を取り付けられるとは思えない。
クロウに相談してから接触をするべきだと判断し、ラクサーシャはそのまますれ違う。
それからしばらく歩くも、先ほどの女騎士ほど腕の立ちそうな人間は見つからなかった。
ラクサーシャの求める基準に達するほどの英傑はそういないだろう。
町行く屈強な男たちは、いずれも風貌だけで中身が伴っていない。
ラクサーシャは冒険者ギルドならば強者がいるかもしれないと思い立つ。
魔石鉱の亡霊を狩りに来る程の実力者ならば期待できるかもしれない。
冒険者ギルドに入ると、そこにはクロウがいた。
「お、旦那。どうしたんだ?」
「私も腕の立つ者を探そうと思ってな。冒険者ギルドならば、相応の実力者がいるだろう」
ラクサーシャは辺りを見回す。
街道で強さを主張している男たちと比べれば、こちらの方が質の高い戦士が多かった。
だが、彼らは実力があるだけに、ラクサーシャが天涯であることを察し目を逸らしてしまう。
ラクサーシャは残念そうに肩を落とす。
「私は宿に戻るとしよう。クロウはどうする?」
「俺もそろそろ帰るか。十分情報は集まったしな」
ギルドを出た瞬間、罵声が聞こえてきた。
二人が視線を向けると、そこには人集りが出来ている。
観衆の輪の中心には、先ほどの女騎士がスキンヘッドの大男と対峙していた。
両者共に抜刀している。
剣呑な空気が漂う中、女騎士が声を上げる。
「我ら近衛騎士団に楯突くとは、不届き者め! 国への反逆行為には、我が剣を以て処断する!」
「んなこと知るかよ! オレたちの仕事を国が奪うんじゃねぇってんだ!」
男が戦斧を振り回して声を荒げた。
どうやら男は冒険者らしく、国から派遣された女騎士たちに仕事を奪われるのが不服らしい。
戦斧を容易く振り回す腕力に、恵まれた体格。
男の首にはミスリルのプレートが光っていた。
一触即発の空気が漂う。
騎士たちも、男のパーティーも、戦いに備えて抜刀した。
観衆がざわめく。
「なあ、旦那。ありゃまずいぜ。あっちの女騎士はエイルディーンの近衛騎士団の団長、セレス・アルトレーアだ。もう片方もミスリルプレート……戦鬼レーガンだ」
戦斧の大男――レーガンが遂に動き出す。
同時にセレスが地を蹴った。
騎士と冒険者たちも飛び出していく。
両者が接近し、衝突する刹那――爆音が響いた。
迸る魔力光に目を覆っていた観衆が次に見たのは、素手で二人の武器を止める男の姿だった。
「感心せんな。その程度のことで、抜刀するとは」
ラクサーシャの視線が女騎士を射抜く。
そこにはどこか、失望の色が含まれていた。
セレスは抗議しようとするが、口がぱくぱくと動くだけで声が出ない。
「お前もだ、戦鬼レーガン。己が仕事を得るということは、誰かが仕事を得られないということ。冒険者ならば、その程度は理解できよう」
対して、レーガンははっとした表情を浮かべていた。
己の短気なところを理解しているのだろう。
短慮を恥じ、武器を持つ手から力を抜いた。
ラクサーシャは二人から戦意が失せたことを確認すると、武器から手を離した。
実際は、セレスから戦意が失せたわけではない。
自分は国王の勅命でここまで来たのだ。
レーガンの言い分にはまだ納得していなかったし、可能ならば斬りたいとさえ思っていた。
だが、目の前にいる男がそれを許さないだろう。
自分はエイルディーン王国の近衛騎士団、それも団長を務めるほどの実力だ。
その自分を、全力の一撃ではないとはいえ相手を殺す気で放った本気の一撃を受け止めるとはどういうことか。
しかも、素手で容易くである。
底知れない男の実力に、ただただ戦慄するしかなかった。
満足そうに頷くラクサーシャの元に、クロウが歩み寄る。
「ひえー、さすがは旦那だな。殺し合いが始まるんじゃないかってハラハラしたぜ」
「力ある者が、そう簡単に殺し合いをするべきではない。まして、二人のような名のある者ならば尚更だろう」
先ほどまでの剣呑な空気が嘘だったかのように話す二人に、セレスは我に返り問い詰める。
「貴殿は何者だ。私の剣を容易く受け止めるとは、ただ者ではないはず」
「私か? 私は――」
「ちょっと待った!」
クロウはラクサーシャの名乗りを遮ると、二人から離す。
彼女らに背を向けると、声を潜めて言う。
「旦那の名前は他国でも知れ渡ってるんだぜ? 適当に誤魔化した方が良い」
「そうか……うむ、分かった」
ラクサーシャは二人の元に戻る。
「私は名乗るほどの者ではない」
ラクサーシャの強引な誤魔化し方に二人は疑問を抱くが、言葉には出来なかった。
生物としての本能が、彼らにその選択は誤りだと告げていたからだ。
セレスは少し悩んだ後、口を開いた。
「仲裁は感謝しよう、剣士殿。だが、これは国王からの勅命だ。任務の邪魔はしないでほしい」
「無論、邪魔はしない。だが、それでは冒険者にも不満が出るだろう。騎士は国に尽くすと同時に、民に尽くすべきだ」
ラクサーシャが視線を向けるとレーガンが頷く。
ラクサーシャの言わんとしていることを察しているようだった。
「魔石鉱は大量の魔物に占拠されていると聞く。いくら近衛騎士団が強かろうと多勢に無勢。ならば、共闘するのが最良だろう」
「誇り高き騎士が、冒険者風情と共闘だと!」
セレスが声を荒げた。
その様子から、彼女に差別意識があるのを察する。
頭が冷えたレーガンは気にしていないようだったが、元騎士としてラクサーシャは見過ごせなかった。
「無論、私も参加させてもらう。否とは言わせんぞ?」
ラクサーシャは口角を釣り上げ、そう言った。




