140話 絶対的強者(3)
四散した魔力光の残滓がラクサーシャを照らす。
軍刀『執念』を手に、静かに息を吐き出した。
「旦那!」
「遅ぇっての、マジで死ぬかと思ったぜ」
「良かった、ラクサーシャ殿……」
「お、遅いわよ……」
仲間たちに迎えられ、ラクサーシャが笑みを零した。
そして周囲を見回す。
「ロアとシェラザードは逝ったか」
その呟きに答えたのはリアーネだった。
「無様に、成す術無く、塵芥さえ残さず消え去ったわ」
リアーネが愉快そうに嗤う。
シャルロッテの体を使って、醜く嗤う。
「それを成したのはこの私、リアーネ・ベーゼ・オルクス。貴方を今から殺す神の名を、その魂に刻みなさ……ッ!?」
強烈な殺気に、リアーネの言葉が途切れた。
ラクサーシャが悪鬼のような表情でリアーネを睨み付けていた。
「こ、この私を誰だと思っているの。不死者だろうと何だろうと、私の熱線で焼き尽くしてしまうわ」
脅し文句を並び立てようと、ラクサーシャは動じない。
否、その表情が険しさを増すばかりだった。
リアーネの脳裏に城での交戦が想起される。
教皇の展開した魔法障壁は今のリアーネでも梃子摺るほどの強度を誇る。
それを一瞬で打ち破り、さらに教皇の首さえ切り落とした実力の持ち主。
ラクサーシャ・オル・リィンスレイ。
絶対的強者とは彼のことだ。
「こ、このッ!」
熱線が放たれる。
恐怖で狙いが逸れたのか、ラクサーシャの頬を熱線が掠った。
僅かに火傷を負うも、修復はされない。
不死性は既にガルムとの戦いで消耗しきっていた。
今のラクサーシャは、人の身となんら変わりない状態だ。
それに気付き、リアーネの表情に余裕が戻る。
「あはははははッ! そう、そうなのね? 貴方は既に、ただの人間。熱線の一本でも当たれば、忽ち蒸発してしまう脆弱な人間ッ!」
その言葉に、エルシアがはっとなる。
今のラクサーシャは一撃でも喰らえば死んでしまうのだ。
考えるまでも無く、エルシアの体は動いていた。
破魔剣オルヴェルに全ての魔力を注ぎ込む。
これ以上の戦闘が不可能になろうと、エルシアは気にせずに注ぎ込む。
今後のことは気にする必要が無いのだ。
ラクサーシャがいれば、目の前の悪魔も敵ではないと信じている。
「これを使ってッ!」
投げ渡された破魔剣オルヴェルをラクサーシャが受け取る。
右手に破魔剣オルヴェルを。
左手に軍刀『執念』を。
初めて扱う双剣術は、しかし、手によく馴染んでいた。
ラクサーシャは剣を構え、リアーネを睨み付ける。
「お前だけは、決して許さん。私の娘を弄んだお前だけは、決して許さん」
リアーネの表情が恐怖に歪む。
それさえもラクサーシャには気に食わない。
シャルロッテの体の中に醜悪な女が巣食っている事が、堪らなく腹立たしかった。
殺気はどこまでも膨れ上がっていく。
比例するように、魔力が立ち上る。
最愛の娘が遺した形見の魔力。
今のラクサーシャは、誰にも止められない。
「ひぃ! こ、この、化け物めぇえええええええッ!」
リアーネの周囲に無数の魔方陣が展開される。
戦闘後の事などまるで省みず、全力を以てラクサーシャを排除しに掛かる。
撃ち出される極大の熱線。
その悉くを斬り捨て、ラクサーシャが足を進める。
どれだけの熱線が放たれようと、ラクサーシャに届くことは無い。
「くそッ、くそッ、くそがぁああああああッ!」
届かない。
どれだけ放とうと届かない。
ラクサーシャには、何も通用しない。
ヴァハのように神々の加護を受けたわけではない。
ロアのように何千年と生きたわけでもない。
シェラザードのように竜種の力を持っているわけでもない。
であれば、彼をここまで強者たらしめているものは何物か。
それはラクサーシャの原点。
この旅の始まりに生まれた感情。
娘の無念を晴らすという、強烈な執念。
ああ、彼こそ魔刀の反逆者。
最強と謳われるに相応しい男だ。
「終いだ」
その言葉と共に、リアーネの胸に軍刀『執念』が突き立てられた。
溢れ出す赤い液体が、白く美しい肢体を汚していく。
「ぐ、ぎぃ……」
最後の抵抗とばかりに、リアーネが手を伸ばす。
既に魔力は枯渇していた。
もはや、彼女に出来ることなど残されていない。
その手が一瞬にして切り刻まれ、リアーネが絶叫する。
彼女の腕は、肘から先が失われていた。
破魔剣オルヴェルを翳し上げる。
極光を放つ剣に、さらにラクサーシャの魔力が注ぎ込まれていく。
人智を超えた剣撃が振り下ろされ――込められた魔力が爆ぜた。
塵芥さえ残さずリアーネが消し飛ぶ。
これで終い。
ラクサーシャの復讐劇が幕を閉じたのだ。
ラクサーシャは軍刀『執念』を見つめる。
復讐を終えた彼の心は虚無感に包まれていた。