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137話 二つの執念(2)

 ラクサーシャとガルムの戦いは苛烈さを増していく。

 剣術に魔術、あらゆる面で最高峰の能力を持つラクサーシャ。

 対して、圧倒的な腕力を誇るガルム。

 長時間の戦闘からか、徐々に二人とも消耗してきていた。


 ラクサーシャの体には無数の傷があった。

 浅いものから深いものまで、致命傷には至らずともかなりの傷を負っている。

 体から立ち上る瘴気も、先ほどまでよりも少なくなっていた。


 彼の脳内にはアスランとの戦いが思い出されていた。

 不死者とて、いずれ限界が来る。

 ラクサーシャの持つ不死性もまた限界がある。

 それを今、ガルムの猛攻によって凄まじい勢いで削られていた。


 対するガルムも、先ほどと比べ剣速は落ちてきていた。

 彼から感じていた無数の魂の気配も、今では半減していた。

 今のガルムは魂の集合体だ。

 このまま全てを失えば、その時が死だ。

 ラクサーシャの猛攻によって、死の足音が近付いてきていた。


 焦燥からか、互いの表情がより一層険しくなる。

 疲労が蓄積していき、剣の精密さが失われていく。

 そして――。


「――くッ!」

「――チィッ!」


 両者の剣が宙を舞う。

 互いに剣を振り抜いた姿勢、視線だけが交差する。


「おらぁッ!」


 拳に魔力を込めてガルムが振り下ろす。

 ラクサーシャはそれを左腕で受ける。

 強烈な一撃に腕が拉げるも、徐々に瘴気によって修復が始まる。


 御返しと言わんばかりに、ラクサーシャの拳がガルムの腹部に突き込まれた。

 急所を狙った精密な突きだったが、強靭な肉体を持つガルムには威力が足りなかった。


 肉弾戦では圧倒的にガルムの方が有利だった。

 生まれ持った体格の差。

 ここに来て、初めてガルムがラクサーシャを上回る。


 吹き飛んだ刀を拾うには遠すぎた。

 同様に塊剣も遠くに引き飛んでおり、互いに徒手空拳で戦わざるを得ない。

 ラクサーシャは体に魔力を巡らせるも、既に瞬魔を発動出来るほどの魔力は残っていなかった。


 だが、ガルムも相応に消耗している。

 苛烈な戦いの中で、彼の内包する魂の数が減ってきていた。


 互いに限界が迫ってきていた。

 僅かでも選択を誤れば、その先に待っているのは死だ。

 最後の力を振り絞り、互いに駆け出した。


 ガルムの拳が突き出された。

 体格差を最大限に生かした、獲物を叩き潰すような一撃。

 その拳を、ラクサーシャが手繰る。


 ガルムの視界が回った。

 遅れて、その体に衝撃が走る。

 灼熱の炎に焼かれた大地がガルムの背を焦がす。


 ラクサーシャが優れているのは剣術と魔術だけではない。

 徒手空拳の体術においても最高峰。

 故に、最強と謳われているのだ。


 しかし、今回ばかりは相手が悪すぎた。

 ラクサーシャに匹敵する執念の持ち主。

 この程度で倒されるほど諦めの良い男ではなかった。


 地に転がされたガルム。

 彼の手が、ラクサーシャの手首を掴んでいた。

 力任せに引き倒され、ラクサーシャが地に転がる。


「ラクサーシャ。テメェの負けだ」


 隙だらけのラクサーシャに対し、ガルムは既に起き上がっていた。

 ガルムの余力の全てを込めた拳。

 殺意、憧憬、執念。

 様々な感情の入り混じった拳が振り下ろされる。


 ガルムの拳がラクサーシャの体を打ち砕く――はずだった。


 強烈な光がラクサーシャから発せられた。

 消耗し切った体には魔力の一切が存在しない。

 だというのに、ラクサーシャの体から魔力光が溢れ出していた。


 幾重にも展開された魔法障壁がガルムの拳を阻む。

 それだけではない。

 降り注ぐ閃光、爆ぜる光玉。

 突然の猛攻に晒されて、ガルムは後方に飛び退いた。


「テメェ、一体どこにそんな余力が……」


 ガルムが歯を軋らせる。

 だが、当のラクサーシャもこの現象に驚きを隠せずにいた。


 失われていた魔力が満ちていく感覚。

 体中の傷が癒されていく暖かさ。

 ガルムを阻んだ魔法障壁と閃光。

 これを齎したのは、ラクサーシャの首にかけたペンダントだった。


 ラクサーシャはそれを手に取る。

 中を開けて見れば、愛娘の愛らしい笑顔が彼を出迎えた。

 それは、シャルロッテがラクサーシャに送ったペンダント。

 父が元気でいられるように、彼女の持ち得る才の全てを注ぎ込んで生み出した大魔法具アーティファクトだった。


「シャルロッテ……」


 ラクサーシャは心の中で何度も感謝の言葉を呟く。

 体にはシャルロッテが込めた魔力が満ちている。

 最愛の娘からここまでされては、ガルムに負けることなど許されない。


 ラクサーシャはペンダントを服の中に仕舞うと、ガルムに視線を向けた。

 消耗しきったガルムに対し、今のラクサーシャは万全。

 否、最高の状態にあった。


「ガルム。剣を拾え」

「あ? テメェ、何をいってんだ」


 ラクサーシャが手を突き出すと、その手に軍刀『執念』が握られた。

 ガルムを前にして、刀を呼び戻すだけの余裕があった。


 さすがに無手でラクサーシャの相手は出来ないと、ガルムも塊剣を呼び戻す。

 そして、ラクサーシャに鋭い視線を向ける。


「回復しようが、テメェには負けねぇ」

「すまない、ガルム。今の私は、負ける事が出来ない」


 そして、軍刀『執念』を正眼に構える。

 放つのは神域の一閃。

 この攻撃は、何人たりとて防ぐことはかなわない。


「出来るならば、凌いで見せよ――奥義・残響」


 最大の奥義を以ってして、ガルムに襲い掛かる。

 ラクサーシャの全力を前にして、ガルムは動きを目で追うことが出来なかった。

 気付いた時には時既に遅し。

 刀を振り抜いた姿勢で、ラクサーシャが佇んでいた。


「テメェ、今何を――ッ!?」


 振り向こうとした刹那、ガルムの体に無数の切り傷が生まれた。

 剣閃は果てるまで止まない。

 まるで残響する音の如く、ガルムの絶叫が木霊する。


 そして全てが終わった時。

 ガルムはその場に跪く。

 その手に握られた塊剣は、柄の部分から先が砕け散っていた。


 最早、ガルムに抗う術は無い。

 魔方陣から掻っ攫った魂は、彼一人を残して消え失せた。

 首筋に添えられた冷たい感触に、ただ苦笑するのみだった。


「言い残したことは有るか」

「……完敗だ」


 先天的に得た物も、後天的に得た物も。

 全てにおいてラクサーシャには敵わない。

 諦めが付いたおかげか、ガルムの表情は清々しかった。


 二つの執念の衝突は、ラクサーシャの勝利で終結した。

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