136話 二つの執念(1)
「何故、生きている」
ラクサーシャの問いに、ガルムは笑みを浮かべて答える。
「俺は運が良い。テメェを殺す機会が、また得られたからな」
「お前は確かに死んだはずだ」
「おお、そうだ。俺は一度死んだ。というよりか、今も死んでいる」
ガルムの言葉の意味がラクサーシャには理解できなかった。
死んで、蘇ったならば不死者だろう。
だが、ガルムからはその気配が感じられない。
疑問に満ちたラクサーシャの様子に、ガルムがけらけらと嗤う。
「あの魔方陣。随分と魔力を喰らったみてぇだ。それを俺が掻っ攫ってきたと言ったら、テメェは信じるか?」
「……信じる他にあるまい」
ガルムから感じる気配は一つではない。
数多の魂が集積され、人の形を成している。
言わば、リアーネと同じような状態にあった。
不死者であるせいか、ラクサーシャは生者と死者の気配に敏感だ。
己の目の前にいるのは死者の山。
だが、その頂上にいる男はガルムだ。
「魔法陣に喰らわれた際に、数多の魂を支配したというのか」
「そうだ。だが、全てじゃねぇ。俺が掻っ攫ったのは、六割か七割くらいだ」
であれば、今のガルムはリアーネを上回る存在ということになる。
ラクサーシャを除けば、この世界において最強ということだ。
「今の俺なら、テメェも殺せる」
その言葉は決して過信ではない。
最強と謳われた男を前にして、ガルムは同等以上の能力を持っているのだ。
勝機は五分以上、であれば挑まぬわけにはいかない。
ガルムは塊剣を構えて犬歯を剥き出しにする。
好戦的な笑みだけは、かつてのガルムと同じだった。
「執念深い男だ」
「テメェも俺と変わらねぇだろうが」
けらけらとガルムが嗤う。
そして、その表情が真剣なものに変わった。
以降は言葉を交わす必要がない。
己の全力を賭して剣を振るうのみ。
語りたい言葉は、意思は、刃に込めて叩き込めばいい。
両者の視線が交わり――同時に駆け出した。
「おらぁああああああッ!」
ガルムが塊剣を力任せに振り下ろす。
体格と得物の長さから間合いで有利な彼が先手を取った。
放たれたのは神速の一撃。
塊剣の巨大さと相まって、感覚が狂うほどに条理から外れている。
迫り来る金属の塊を相手に、ラクサーシャは真っ向から迎え撃つことを選択した。
ラクサーシャの魔力が爆発的に高まる。
それは彼の得意とする奥義・瞬魔だ。
かつて、人間であった頃には持て余していた武技。
寿命を削るほどの負担がかかるため、多様は出来なかった奥義だ。
復讐者となってからは己のみを省みず使ってきたが、今では自在に扱うことが出来る。
ラクサーシャの体から瘴気が凄まじく流れ出す。
不死者の能力を最大限に生かしているのだ。
極端な身体強化による体の崩壊と不死者の生命力が拮抗した状態。
これぞ、ラクサーシャの極致。
横薙ぎに振るわれた刀が、塊剣と交差する。
互いの勢いが相殺され――拮抗。
軍刀『執念』と塊剣がぶつかり合い、余波で周囲の大地が抉れていく。
睨み合いながら力を込め、相手を押し潰さんと力を込める。
競り合いに勝ったのはラクサーシャだった。
経験の差か、ガルムの僅かな緩みを見つけて全力で押し返す。
ガルムは体勢を崩しかけるも、後方に大きく跳ぶことで間合いを取った。
再びガルムが塊剣を構える。
だが、ラクサーシャは右手を突き出していた。
「――全て灰燼と化せ」
煉獄の炎が辺り一帯を焼き払う。
大地を溶かすほどの灼熱が空間を呑み込んだ。
執念の炎が万象全てを喰らう。
やがて炎が静まる。
灼熱に飲まれた大地は所々が溶岩となっていた。
その光景はまさに地獄絵図だ。
だが、その中心でガルムは嗤っていた。
張り巡らせた魔法障壁が砕け散り、己が身にも幾らか火傷を負っている。
だというのに、彼の口元は弧を描いていた。
立ち込める黒煙で視界が阻まれていた。
それを上手く利用し、ガルムの死角からラクサーシャが斬りかかる。
だが、ガルムは辛うじて反応することが出来た。
ほとんど奇跡と変わらないほどの強運。
だが、戦場においては運も実力のうちだ。
振り向きざまに振るった塊剣がラクサーシャの意表を突き、直撃した。
ラクサーシャは刀を盾にして防ぐも、吹き飛ばされてしまう。
どうにか宙で体勢を立て直して着地するが、その直後には眼前にガルムが迫っていた。
「ラクサーシャァァァアアアアアアッ!」
ガルムが塊剣を横薙ぎに振るう。
下から斬り上げるようにしてそれを弾くも、即座に塊剣の軌道が反転した。
物理法則を無視するかのような一撃。
かつては腕力で強引に行っていたガルムだったが、今の彼は自在にそれを扱うことが出来る。
縦に、横に。
右から、左から。
縦横無尽に振るわれる塊剣を前に、ラクサーシャは防戦一方になってしまう。
未だ致命打になるような攻撃は受けていない。
だが、ガルムの猛攻を受け続け、ラクサーシャの体に徐々に傷が増えてきていた。
立ち上る瘴気が傷を再生していくも、ガルムの攻撃がそれを上回る。
だが、手数ではラクサーシャも負けていない。
塊剣を振り回し続けるガルムの周囲に無数の魔方陣が浮かび上がった。
そして、膨大な魔力を込められた魔術が発動する。
氷の刃が降り注ぐと、ガルムはそれを塊剣の一振りで打ち払った。
暴風によって煽られるも、体勢を崩すことなく地を踏みしめた。
土の槍が突き出してくると、魔法障壁を展開して防いだ。
地を這う雷の気配に気付けず――直撃する。
「ガァアアアアアッ!」
雷鳴が轟いた。
常人であれば蒸発してしまうほどの出力。
だが、ガルムは怯むことなく塊剣を振るう。
まさしく神域の戦い。
かつて、これほど苛烈な戦いが大陸史においてあっただろうか。
ラクサーシャ・オル・リィンスレイ。
ガルム・ガレリア。
両者の剣は、さらに加速していく。