134話 消失
ラクサーシャとガルムが睨み合う。
一対一の真剣勝負。
これを遮る者は、この場にはいない。
互いに身体能力を強化していく。
膨大な魔量を体に注ぎ込み、限界まで身体能力を高める。
「さあ、始めようじゃねぇか」
ガルムが塊剣を突き出すように構える。
ラクサーシャも軍刀『執念を』抜刀し、ガルムの一挙一動に意識を向ける。
互いに相手のことしか見えていなかった。
それ故に、気付くのが遅れてしまう。
――大地が、魔力光を放ち始めた。
「何事だ……?」
ラクサーシャが警戒する。
浮かび上がった魔方陣は、少なくとも彼の視界に移る限りは全てが呑み込まれていた。
異変が起きたのはガルムだった。
「くそッ、なんだこいつはッ!?」
ガルムの体から青白い霧のようなものが流れ出していた。
不死者と化したせいか、ラクサーシャにはそれがどういったものかが直感的に理解出来た。
「魔方陣が、魂を喰らっているというのか……?」
周囲を見回せば、交戦中だった帝国兵が次々に倒れていく様子が見えた。
まるで糸が切れた人形のように、倒れたきり動かなくなってしまう。
戦場を彷徨う魂が次々と魔方陣に吸い込まれていく。
漠然とだが、ラクサーシャにはその流れが見えていた。
視線を戻せば、ガルムが悶え苦しんでいた。
「くそ、くそッ! こんなところで死ぬなんて冗談じゃねぇ! ふざけやがって、くそッ!」
抗おうにも抗えない。
ガルムの魂が、凄まじい勢いで魔方陣に吸い込まれていく。
「アウロイッ! ふざけたことしやがって、絶対に殺してやるッ!」
ガルムの叫びも、玉座の間には届かない。
ただ、残された時間が無くなっていくだけだった。
ガルムは血走った目でラクサーシャを睨み付ける。
僅かな力を振り絞り、塊剣を構えて駆け出す。
「ラクサーシャァァァアアアアアアアアッ!」
突き出した塊剣は、ラクサーシャに届かなかった。
剣先が届く前にガルムの体から力が失われてしまったのだ。
残された抜け殻がその場に倒れ伏す。
そして、戦場が静寂に包まれた。
帝国軍が抜け殻となり、残った連合軍は未だに十万を超えるほど。
戦力差を考えれば大勝利といえるであろう戦果だ。
だが、こんな終わりで良いのか。
これでは、あまりにも虚しいではないか。
地に落ちた塊剣を見つめるラクサーシャは、どこか悲しげだった。
だが、いつまでも感傷に浸ってはいられない。
ラクサーシャは城内へ突入すると、急いで玉座の間に向かっていく。
その道中。
彼の視界の端に、見覚えのある人物が転がっていた。
顔を涙でぐちゃぐちゃにして、ベルが倒れていたのだ。
死してなお、その手にはメイスが硬く握られていた。
それが堪らなく悲しく感じさせた。
だが、ラクサーシャはベルの元を通り過ぎ、玉座の間へと突き進む。
そして、扉を勢い良く開け放つ。
ラクサーシャの視界に飛び込んできたのは、魔法障壁に阻まれている仲間たちの姿と、それを齎した教皇の姿。
そこにアウロイの姿は無かった。
皇帝も既に死んでおり、玉座には抜け殻が残っていた。
そして、見覚えのある少女の姿。
極大の魔力を内に秘めた、恐ろしい怪物。
それを見た途端、ラクサーシャの怒りが爆発する。
「貴様ぁぁぁああああああッ!」
そこにいるのは、シャルロッテではなかった。
シャルロッテの体に入り込んだ醜悪な女がそこにいた。
ラクサーシャは瞬魔を発動し、全力の一撃を叩き込む。
仲間たちでさえ破れなかった魔法障壁が、彼の一撃によって打ち砕かれた。
「な、化け物めッ!」
教皇が立ちはだかるも、ラクサーシャは止まらない。
幾重にも展開された魔法障壁を破壊しながら突き進んでいく。
そして瞬時に間合いを詰めると、一気に刀を振りぬいた。
ごとり、教皇の首が床に落ちた。
たった一瞬の出来事だ。
怒り狂うラクサーシャを前に、さすがのリアーネも恐怖を感じていた。
リアーネの魔力が高まっていく。
彼女はこのままでは勝ち目が無いと判断していた。
世界の裂け目から次々と異形の者が現れる。
とても暗い色をした魔界の住人。
リアーネの従える兵士。
彼らは魔人兵と呼ぶに相応しい存在だった。
魔人兵たちがラクサーシャの行く手を阻むも、その歩みを止めることはかなわない。
故にリアーネは、周囲一帯を消し飛ばさんと力任せに魔力を放出する。
「邪魔なのよ、全て消えて――終焉の落日」
七桁もの代償によって呼び出された魔術。
極大の太陽を前にして、一同は必死に魔法障壁を展開する。
その日、帝国が地図上から消失した。