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魔刀の反逆者―最強と謳われた男の復讐譚―  作者: 黒肯倫理教団
復讐の将軍編

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133話 救済を齎す

 最初に異変が起きたのは皇帝だった。

 突然胸を押さえ、苦悶の表情を浮かべる。


「何だ、これは」


 体中から脂汗が滲み出す。

 彼の体から青白い霧のようなものが流れ出していた。


「アウロイ、どうなっているッ!」


 皇帝の険しい表情を見ても、アウロイは笑みを崩さない。

 どこか呆れたような口調で皇帝の前に立つ。


「ヴォークス。どうやら貴様は、魔核薬を喰らったようだな」

「それがどうしたというのだ」

「残念だが、その時点で貴様の救済は無くなった。帝国の民諸共、聖女の糧となるがいい」

「何を――ッ!?」


 それは突然の出来事だった。

 皇帝の体から大量の霧が噴出すと、地へと吸い込まれていったのだ。

 そして、皇帝はぐったりとして動かなくなった。


 そんな事態になろうと、アウロイは嗤う。


「元より皇帝は駒に過ぎなかった。僅かばかりの慈悲から助けてやろうと思っていたが、まさか魔核薬に溺れるとはな。愚かしい限りだ」


 アウロイは大きくため息を吐いた。

 教皇も同様に呆れているようだった。


 その事態を、一同は理解出来ない。

 今の現象は何だったのか。

 なぜ皇帝は消滅したのか。


 疑問に満ちた一同の様子に、アウロイは愉しげに嗤う。


「せめてもの情けだ。死に行く者に、真実を教えてやろう」


 アウロイが懐から紙で包んだ薬を取り出す。

 禍々しく不気味な色をした粉末状の薬。

 それを目先に持ってきて少しばかり眺め、床に放った。


 すると、魔核薬が青白い光を放ちだした。

 まるで地上の巨大な魔方陣に共鳴するように。

 少しして、魔核薬は地に吸い込まれていった。


「人間というものは愚かだ。それらしい言葉を並べ立て、それらしい物を揃える。たったそれだけで、簡単に堕ちていくのだからな」

「其れと此れと、何の関係がある」

「黙れロア・クライム。貴様はもはや脅威足り得ない」

「汝、思い上がるなよ……ッ!?」


 ロアが拳を構えた刹那、新たに一つの気配を察知する。

 それは、石棺からゆっくりと起き上がった。

 シャルロッテを素体とした生体人形が、アウロイの傍らに並ぶ。


 どれだけの魔力を内に秘めているのか。

 目の前にただ立っているだけの少女が、これほどの威圧感を放つものなのか。

 アウロイやシェラザードでさえ、あまりの格の違いに戦慄いた。


 彼ら二人がそうであるならば。

 他の皆が平然といられるはずがなかった。


 レーガンは体中から汗を垂れ流していた。

 セレスの構えた剣は震えていた。

 クロウは立っていることさえやっとの様子だった。

 エルシアからは、普段の強気な表情が失われていた。


 まるで勝てる光景が思い浮かばない。

 それほどの格の違いに、一同は固まってしまう。

 アウロイはその様子を満足げに眺め、語り始める。


「人間の魂は特殊な構造をしている。生者は肉体という壁により、己の魂が外界へ流出することを防ぐ。その命が失われない限り、魂を取り出すことは不可能だ」


 だが、とアウロイは続ける。


「それにも例外が二つある。一つは、死だ。外界へと流出した魂は、死後一週間ほどは現世に残留する。ある者は冥界へと旅立ち、ある者は不死者となって現世を彷徨う」


 前者がリアーネで、後者がアウロイだった。

 聖女の救済を信じたアウロイは、長きに渡り彼女の再誕を待ち続けた。


「そして二つ。魔核薬によって、生者の持つ魂の壁を脆くすることだ」

「魔核薬にそんな用途があったのか……」


 クロウはアウロイの言葉に驚愕する。

 先ほどの皇帝の消滅。

 帝国全土に渡る大規模な魔方陣の展開。

 そして、生体人形の起動。


 頭が良いだけに、クロウはそれに気づいてしまった。

 この先に待っているものがどれほど恐ろしいものなのか。

 今の状況では、有効な手立てが浮かばなかった。


 クロウさえも策が浮かばない。

 この状況は、あまりにも危険だった。


「随分と賢いな、そこの男は。そして、そこのエルフも気付いたか」


 アウロイの視線がエルシアに向けられる。

 彼女もまた、クロウと同じような表情を浮かべていた。


「今、帝国領内には数多の魂が彷徨っている。敵味方問わず、七桁にも上る数がな。そして生者であろうと、魔核薬を喰らった者は例外無く生体人形を起動する代償となる」


 帝国が領内で連合軍を迎え撃った理由がここにあった。

 この戦争で失われた命と、帝国の民全ての命。

 それら全てが、シャルロッテを素体とした生体人形に注ぎ込まれたのだ。


 七桁もの魂が注ぎ込まれた生体人形。

 およそ百万以上もの人間の力が集積された兵。

 これを前にすれば、何人足りとて抗うことは出来ない。


「これが持つ魔力は世界をも揺るがす。今こそ世界の壁を破壊し、愛しき聖女の再誕の時。さあ、世界の壁を破壊せよッ!」


 アウロイの命令によって生体人形が動き出す。

 虚空に浮かび上がるのは、途方も無い数の魔方陣。

 刻まれた術式はあまりにも複雑。


 だが、一つだけ分かることがあった。

 その魔方陣全てが、破壊を齎す術式によって構築されている。


 極大の魔力が収束する。

 放てば大陸全土を焦土にしてしまえるほどの魔力。

 それ全てが一点に注ぎ込まれ――世界に亀裂が入った。


 まるで、硝子が砕けたかのような光景だった。

 亀裂が徐々に広がっていき、やがて世界の壁が砕け散った。


 さらり、美しい銀髪が舞った。

 亀裂の中から現れたのは、絶世の美女と称えるに相応しい女性。

 聖女リアーネ・ベーゼ・オルクスが今、この世界に再誕する。


 リアーネはアウロイを見て、教皇を見て、それから生体人形に視線を移した。

 ゆっくりと歩み寄っていき――その中に入り込む。


 少しして、生体人形が目を開いた。

 自身の体の感触を確かめるように、手足から四肢、胴体と動かしていく。

 やがてリアーネは、満足げに頷いた。


「ああ、我が愛しき聖女よ。貴女の再誕をどれほど待ち望んだことか」


 アウロイがリアーネの足元で頭を垂れる。

 そして顔を上げた時、彼の表情が驚愕に染まった。


 世界の亀裂から、闇よりも暗い色をした人が現れる。

 否、人と言うべきかさえ疑わしい。

 強大な気配を感じさせるソレが、次々と現世に入り込んでくるのだ。


「な、なぜ外界の者が……」


 続く言葉は激痛によって遮られた。

 アウロイが視線を下に向けてみれば、彼の心臓部分がぽっかりと空洞になっていた。


「思ったよりも出力が出ないわ。本当に無能ねえ、貴方って」

「リアー、ネ……?」


 アウロイは愕然とした表情でリアーネを見つめる。

 そして、はっと気付く。


「馬鹿な……。救済は偽り。聖女は破滅を望んでいたのか……ッ」

「そういうこと」


 聖女の口角が不気味なまでに吊り上る。

 これまで信じてきたものが崩れていく。

 不死者となってまで世界を彷徨い、再誕の用意をしてきた。

 だというのに、それが偽りであったという。


 もはや、彼に救いは無い。

 真実を理解したアウロイの表情が憤怒に染まる。


「嗚呼、そうか。お前は永きに渡り、この俺を欺いたと……」


 体から瘴気が立ち上り、アウロイの傷が瞬時に癒える。

 そして、自律魔道書に魔力を全て注ぎ込んでいく。


「決して、決して許さんッ!」


 凄まじい勢いで魔方陣が展開されていく。

 辺り一帯が消し飛ぶであろう魔力。

 巨大な魔方陣を展開したというのに、アウロイは未だにこれほどの魔力を持っていた。


 展開された魔方陣。

 その全てが大魔法の術式。

 膨大な魔力が注ぎ込まれ、発動しようとした刹那――その全てが一瞬にして掻き消えた。


「聖女に刃向かうとは。アウロイ。貴様も愚かな奴だ」


 巨大な槍を片手に、教皇が立っていた。

 リアーネの傍らに立つと、先ほどまでのアウロイのように愉しげに嗤う。


「ここまでが余興。分かるな? アウロイ・アクロス」


 教皇が視線を向けるとリアーネが頷く。

 彼女が手を翳すと、瞬時に無数の魔方陣が展開された。


「ご苦労様。もう休んでいいのよ?」


 もはや抵抗する術は無い。

 絶望に染まるアウロイに無数の熱線が放たれる。

 体中を穿たれ、焼き尽くされ、アウロイは現世から完全に消え去った。

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