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132話 それは、あまりに残酷な余興

 レーガンが荒々しく扉を蹴破った。

 彼に続くように仲間たちが玉座の間に突入する。

 各々が武器を構え、前方にいる敵を睨み付けた。


 皇帝ヴォークス・シグルド・シルヴェスタ。

 玉座に座り、嘲るような視線で一同を見下す。


 ヴォークスの傍には三人の人物がいた。


 一人、教皇ヴァンハート・レイド。

 仰々しい法衣を纏った老人。

 細められた目からは、思考を読み取ることは出来ない。


 二人、修道女ベル・グラニア。

 純白の布地に金の装飾が施された華美な法衣。

 その美しい金髪と相まって、作り物めいた美しさがあった。


 そして、アウロイ・アクロス。

 一切の光を感じさせない闇色のローブを纏い、その手には自律魔道書を携える。

 理知的な瞳の奥には溢れんばかりの衝動が荒れ狂っていた。


「アウロイ。今度こそ、終いだ」


 ロアが一歩踏み出す。

 その拳から蒼炎を立ち上らせ、溢れんばかりの殺気をアウロイに向ける。


 だが、アウロイの表情には余裕があった。

 ロアのことなどまるで意に介していないかのように、腕を大きく広げて天を仰ぐ。


「思い上がるなよ? もはや俺の目的は達したも同然。今更、貴様らに出来ることなど無い」

「偉そうに、吠えてるんじゃないわよッ!」


 エルシアが魔術を構築する。

 その勢いは凄まじく、瞬く間に大魔法が生み出された。

 打ち出されたのは虹色に輝く閃光。

 膨大な魔力を込められた一撃が唸りながら突き進み――魔法障壁に阻まれた。


「おやおや、品性に欠けるお嬢さんだ。話というものは、最後まで聞かねばならぬ」


 教皇が片手で魔法障壁を構築していた。

 表情を一切変えず、あれほどの大魔術を容易く受け止めたのだ。

 エルシアは教皇の底知れぬ魔術の才に戦慄く。


 アウロイはロアを見て、シェラザードを見て、そしてエルシアの腰に帯びた剣を見た。

 そして、心底愉快そうに口角を吊り上げる。


「これは傑作だ。まさかこの場に、かつての仇が揃うとは。破壊者ロア・クライムに、ヴァハ・ランエリスの末裔。そして破魔剣オルヴェル。あの日の恨みを晴らすには丁度良い」

「汝に我らを倒せるだけの策があると?」

「愚問だ。そんなこと、聞くまでもないだろう」


 ロアの問いにアウロイが嗤う。

 自信に満ち溢れた姿に、一同は一挙一動に警戒する。


「その前に、一つ余興といこうではないか。修道女よ、そこの石棺を開けてみよ」

「……はい」


 ベルは目を伏せ、静かに返事をした。

 かつての旅の仲間が目の前にいる。

 自分に視線が集まっていることが堪らなく苦痛だった。


 石棺の前に行き、ベルは細い腕で思い切り蓋を押す。

 蓋が外れ中身が露になると、彼女の表情が強張った。


「な、なんで、ここに……」


 ベルの焦点が定まらなくなる。

 眩暈によろめき、足が縺れてその場に倒れこむ。


 石棺の中には美しい金髪の少女がいた。

 その体には無数の術式が刻まれている。


「言うことを聞けば、妹を助けてくれると言っていたのに、なんで……」


 ベルの視線がアウロイに向けられる。

 だが、それさえも愉悦。

 アウロイの口角がさらに吊り上っていく。


「一つ、貴様の勘違いを正してやろう」


 それは、残酷な宣告。

 精神が崩壊する寸前の少女に対して、あまりにも非道な言葉。


「貴様の妹は、将軍の娘の身代わりとなったのだ」

「……え?」


 ベルはその言葉を理解出来ずにいた。

 あるいは、彼女の心が理解を拒んでいるのかもしれない。

 そんな彼女に対し、アウロイは捲くし立てる様に真実を語る。


「貴様も、貴様の妹も。なぜ己が養子であることに疑問を抱かなかったのか。なぜ親の存在を疑わずに生きてこられたのか」

「私が幼い頃に、両親は病で倒れて……」

「貴様は作られた存在。親など存在しない、ただの人形だ。生まれてから今この時まで、利用され続ける運命を背負った人形だ!」


 作られた生命。

 親など存在しない、生体人形よりも不幸な姉妹。

 彼女らの運命は、生まれたときから全てが定まっていた。


 心臓が荒々しく蠢いていた。

 この先の言葉を聞いてはならない。

 聞いてしまえば、壊れてしまう。

 ベルは耳を手で塞ぎ、泣き叫ぶ。


「これ以上、言わないでくださいッ!」

「石棺に眠るそれは将軍の娘だ」

「そんなことはッ!」

「将軍の娘と貴様の妹は瓜二つ。似ているのではない。似せたのだ。それも将軍でさえ間違えてしまうほど、見事なまでに」

「違う、違う違う違うッ!」


 必死に耳を塞ぎ、ベルは狂乱する。

 否定の言葉を並び立てて首を振り続ける。

 涙が滝のように流れ出し、頭を振るたびに雫が舞った。


 その姿をアウロイは心底愉快そうに眺める。

 これこそ彼の用意した余興。

 あまりにも残酷な物語。


「――貴様の妹は、とうに見世物小屋で嬲り殺されたのだ」

「うぁぁああああああああッ!」


 ベルが発狂する。

 仲間を失い、妹も失った。

 そして今、最後に残された心さえ壊された。


 泣き叫びながらベルが駆け出す。

 どこに向かえば良いか、そんなことは彼女の心の中には無かった。

 ただ、どこかへ逃げたい。

 そんな願望が彼女の足を突き動かす。


 玉座の間を飛び出していったベルの背に、一同はどういった感情で見送れば良いのか分からなかった。

 シュトルセランを殺めた大罪人。

 だが、その背景にはあまりにも哀れな物語が隠されていた。


 この場において、楽しんでいるのは三人。

 アウロイと皇帝、そして教皇だ。


「ふざけたことしやがって……絶対に許さねぇッ!」


 レーガンが戦斧を手に駆け出す。

 それに続くように、仲間たちが一斉に攻撃を開始した。


 しかし、その全てが通じない。

 教皇の展開した魔法障壁が、一同の攻撃全てを受け止めていた。


「なんて頑丈な魔法障壁だ」


 セレスが歯噛みする。

 僅かさえ魔法障壁は堪えていない。

 これだけの面子が集まろうと、教皇の魔法障壁を打ち破ることが出来なかった。


「さて、余興も済んだ事だ。そろそろ始めようではないか」


 アウロイは手を大きく広げる。

 神代の錬金術師にして、今は不死者と化した男。

 彼の持つ全ての魔術が地脈に注ぎ込まれていく。


 大地が揺れる。

 強大な魔力が帝国各地を巡る。


「……足りないか。ヴァンハート、手を貸せ」

「承知」


 そこに、教皇の魔力も注ぎ込まれていく。

 アウロイの目指したものが、今ここに成されようとしていた。


 一同が阻止しようと攻撃をするも、教皇の魔法障壁を越えられない。

 アウロイが詠唱に酔い痴れる。


「さあ、目覚めよ。我が愛しき――救済を齎す聖女リアーネ・ベーゼ・オルクス


 そして、帝国全土が巨大な魔方陣に包まれた。

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