131話 存在意義
帝国軍は凄まじい勢いで数を減らしていた。
要である魔導兵装を無力化されてしまい、圧倒的な力を誇る帝国騎士団は、もはや無駄に重いだけの鎧を着た兵に過ぎない。
最前線で猛威を振るうのはラクサーシャだ。
その傍らにロアとシェラザードを引き連れて、帝国軍を蹴散らしていく。
これは蹂躙である。
かつて、魔刀の悪魔と畏怖された男の刃。
それが今、帝国の首筋にぴたりと添えられているのだ。
第二城壁周辺にいた数多の帝国軍も、今やラクサーシャから逃れるように移動を始めている。
だが、そんな彼らの前に立ちはだかるのが連合軍の兵だ。
既に逃げ道は失われた。
帝国軍の兵たちは、一心不乱に連合軍に向かっていく。
国としての戦争は決着が付いたと言って良いだろう。
連合軍に僅かに劣る程度だった帝国軍は、今や五万を切っている。
その三倍はあろうかという数を誇る連合軍ならば、その程度の数を迎え撃つことは容易い。
ラクサーシャの元に仲間たちが集う。
帝国軍の相手はヴァルマンに任せ、一同は使命を果たすべく進んでいく。
聳え立つ第二城壁は、既に戦いの余波で崩壊寸前だ。
そこに、ラクサーシャが魔力を放射する。
広域に渡る破壊の奔流。
第二城壁を打ち破り、ついに一同は城壁の内部へと侵入した。
眼前にあるのは巨大な城だ。
帝都の中心部、皇帝の住まう居城。
その中に、異様な気配を感じていた。
錬金術師アウロイ・アクロスがそこにいる。
これまでの戦闘以上に過酷な戦いが待ち受けていることだろう。
だが、その歩みを阻む者が一人。
ただでさえ巨躯を誇る大男。
そんな彼が、身の丈ほどもあろうかという巨大な剣を背負って立っていた。
「よお、ラクサーシャ。随分と元気そうじゃねぇか」
腕を組み、仁王立ちする男。
帝国の指揮官にして、ラクサーシャを殺すことのみを渇望する男。
塊剣のガルム・ガレリア、ここに現る。
一同がラクサーシャに視線を向ける。
ラクサーシャは軍刀『執念』を鞘から抜き放つと、静かに構えた。
「先に行け。私は後から追い付く」
ガルムを殺すのは己の役割だとラクサーシャは考えていた。
一人の男として、強烈な執念を持つガルムを誰かに任せてはいけないと考えていた。
ラクサーシャが刀を構えると、ガルムは犬歯を剥き出しにして笑う。
この時を待っていたと言わんばかりに、好戦的な笑みを浮かべていた。
ラクサーシャとガルムを残して、一同は城の中へ入っていく。
一応は帝国の騎士であるはずのガルムだったが、それを黙って見過ごしていた。
「通してしまって良いのか」
「しらねぇな、そんなことは。俺は、テメェを殺せさえすりゃ何でも良い。道を塞いで、邪魔をされることの方が癪だ」
「……そうか」
ラクサーシャは刀を正眼に構える。
いずれにせよ、仲間たちが城の中に入れたのなら問題ない。
大陸最高峰の実力者に加え、不死者であるロアと竜乙女であるシェラザード。
これだけの強者が揃えば、アウロイを倒すことも出来るだろう。
今はただ、ガルムとの戦いに集中するのみだ。
一挙一動に注意して構えていたが、ガルムはあくまで自然体だった。
好戦的な笑みは崩さず、しかし、今すぐに斬りかかろうという気配は感じなかった。
「なあ、ラクサーシャ。不死者ってのは、どんな気分だ?」
「帝国の騎士をやるよりは、幾分かマシだろう」
その返答にガルムは顔を顰める。
ラクサーシャの言葉は、彼が求めていた答えとはあまりにもかけ離れていた。
「それだけの強さを手に入れて、どうなんだって聞いてんだ」
「別にどうということはない。少しばかり不愉快ではあるが、私が私であることに変わりは無い」
だが、とラクサーシャは続ける。
「しいて言うならば……空虚だ」
「……そうかよ」
やはり、ガルムはラクサーシャの答えに満足出来なかった。
不満げに、そして苛立たしげにガルムはラクサーシャを睨み付ける。
「俺が人生を賭けて求めたものは、テメェにとっては虚しいだけってことか」
天涯であるラクサーシャにガルムの気持ちは理解出来ないだろう。
ガルムは強大な力を渇望し、ラクサーシャを殺すことのみを考えて生きてきた。
生体人形と化し、獣人の魔核を喰らった。
そうまでして力を求めたというのに、今でさえラクサーシャと対峙すると足が竦んでしまう。
それは同時に自己嫌悪でもあった。
彼我の差は理解している。
生まれ持った物も、後天的に得た物も、ラクサーシャとガルムでは全てが違い過ぎる。
格の違いを理解しているはずなのに諦めきれない。
無駄だと分かっていても足掻いてしまう。
それが何より悔しかった。
いっそ諦められたなら、ガルムはどれだけ楽になれるものか。
しかし、彼の生まれつきの性分がその選択を与えないでいた。
スラム育ちの彼には、元より失うものは何も無い。
唯一あるとすれば命だけ。
それさえも、彼にとってはどうでもいいことだった。
故に、ガルムは塊剣を構える。
これだけが彼の存在意義だった。