14話 塊剣のガルム
ミュジカの宴の当日ということもあり、いつも以上に活気に溢れていた。
町はミュジカの宴のために飾り付けられ、普段とは違う様相を見せている。
シエラ領の外から訪れた旅人たちは、その町の美しさに感心しているようだった。
領民たちは年に一度の催しとあって、出し物にも力を入れていた。
器用に沢山の玉をお手玉する道化師や、世界各地の逸話を歌う吟遊詩人。
旅の劇団の周囲には、まだ開幕していないというのに人集りが出来ていた。
彼ら彼女らはこの日のために練習を重ねてきたのだろう。
広場では子どもが鶏肉の串焼きを片手にはしゃぎ回っていた。
それを微笑ましそうに眺めているのは母親だろう。
傍らにいる夫と共に、ミュジカの宴に想いを馳せていた。
ミュジカの宴は豊作を祈る祭りである。
人々は今宵、歌い踊り、楽器を奏でて祈りを捧げる。
その音色に引き寄せられた精霊たちが夜空を飛び交い、シエラ領に幻想的な光景が広がるのだ。
それを見んとするがために、シエラ領には多くの人々が集う。
だが、それも今年で終わりである。
ミュジカの宴を支えてきた男は、既に屋敷にはいない。
ヴァルマンは屋敷を捨て、行動を開始していた。
彼の役割は兵の総括である。
通信用の魔導具である水晶を片手に、人目に付かない場所で待機していた。
彼の周囲には十名の兵士がいるだけである。
シャトレーゼとは別行動になっていた。
ヴァルマンの元に黒装束の男が報告にやってくる。
「報告。町の北側より、帝国軍が接近中」
「規模はどれくらい?」
「指揮官が一名と一部隊。ガルム指揮官のようです」
「ガルム・ガレリア指揮官が一人……ではないだろうね。おそらく、シュヴァイ・アロウズ指揮官が来るかもしれない。あるいは、既に潜伏しているか」
ヴァルマンは顎に手を当てて唸る。
ガルムは一部隊を率いて帝都から一直線にシエラ領に向かってきていた。
エドナがリオノス山で率いていた部隊と同等以上の戦力である。
投入戦力を考えれば、シエラ領ごと滅ぼされるのは間違いないだろう。
(リィンスレイ将軍の報告では魔核の消耗が激しいようだし、エドナの魔核を補充にでも来たか……。覚悟してはいるけど、やはり辛いものがあるね)
ヴァルマンはシエラ領の領主として、領地のために努力してきたつもりである。
シャトレーゼと出会ってからは帝国を打倒することに目的は移ったが、それでも領地に愛着がないわけではない。
叶うならば、シエラ領を捨てず拠点にしたかった。
だが、帝国軍を相手にするならば、拠点など意味がない。
エドナの魔核術にかかれば、大国の城でさえ消し炭にされてしまうのだから。
今ガルムを退けたとして、シエラ領を守りきれるほどの戦力は無い。
ヴァルマンは気合いを入れ直すと、通信水晶に魔力を込めた。
「シャトレーゼ。ガルム指揮官が向かってきているみたいだ。それと、シュヴァイ指揮官が潜んでいるかもしれない。君にはシュヴァイ指揮官を任せたい」
『分かりました。何人か、兵をお借りします』
「頼むよ、シャトレーゼ」
『はい、ヴァルマン』
通信を切ると、ヴァルマンはすぐに行動を始める。
内部の情報が漏れてしまったせいで、予想外の襲撃が来てしまった。
本来ならば、この時点では帝国はラクサーシャがシエラ領に来たことに気付いてさえいないはずだった。
帝国軍の襲撃もなく、ラクサーシャたちを見送るだけで良かった。
その後に十分な時間を取って帝国各地の拠点へと移動できただろう。
(……だめだ、自分らしくない。少し慢心していたようだ。もっと、最悪のケースを想定しないと、今回みたいになる)
ヴァルマンはすぐさま行動を始める。
帝国の各地に用意した潜伏拠点への物資移動はまだ完了していない。
ガルムを足止めしつつ、物資を運ぶ必要がある。
今後のことを考えれば、消耗を抑えつつ相手をする必要があった。
場合によってはシュヴァイが潜伏しているかもしれないため、そちらも対処しなければならない。
シュヴァイを撒けなければ、尾行されて拠点の位置が知られてしまう。
そうなってしまえば自分たちは終わりである。
ラクサーシャは帝国内部の情報を得られないままに戦うことになってしまう。
それだけは避けなくてはならない。
ヴァルマンは急いで準備をする。
自分たちが行うのは復讐だ。
どのような手を行使してでも、必ず成し遂げなければならない。
そのためには、今は何を犠牲にしてでも生き延びなければならない。
たとえ、このシエラ領を犠牲にしても。
やがて、帝国軍が到着する。
軽騎士六十名、重騎士三十名、魔術師二十名、弓兵二十名。
その先頭にいるのは巨躯の男。
身の丈ほどの大剣には紫炎がゆらりと揺らめいていた。
指揮官ガルム・ガレリア。
塊剣のガルムと称され、帝国では唯一、ラクサーシャと渡り合える存在である。
あくまで魔導兵装込みでの話だが、それが無くともガルムは十分に強い。
その鋭い視線はヴァルマンの屋敷に向けられていた。
少し眺めた後、ガルムは眉を顰めた。
「こりゃ、もういねぇな。ラクサーシャと組んだってのは本当みたいだ」
「そうでしょうか。屋敷にはいなくても、まだシエラ領にいる可能性は高いかと」
ガルムに進言したのは、怜悧な目をしたショートカットの女性だった。
彼女の名をレイナ・アーティスという。
ガルムの補佐官を務める女性である。
「あん? なんで残ってるってわかるんだよ」
「我々の到着はあちらの予想よりも遥に早いので、まだシエラ領を出るまで時間はあるかと」
「さっさと隣国に逃げればいいじゃねぇか。あいつらが帝国に残ったところで、大したことは出来ねぇだろ」
「帝国の内情を探るのでは? ヴァルマン伯爵には帝都よりも優秀な諜報部隊がいると聞きます。潜伏されたら厄介なので、早期に駆除すべきです」
「なるほどな。それで、皇帝からあんな命令が出るわけだ」
今回、ガルムの部隊に命じられたのはシエラ領の殲滅だった。
殲滅向きのエドナが来ないのはヴァルマンが予想した通りである。
ヴァルマンの勢力をシエラ領ごと殲滅し、魔核も得る。
その任務に最も相応しいのがガルムの部隊だった。
ガルムとは別に、シュヴァイも動いていた。
彼の役割はラクサーシャの発見、及び可能ならば殺害。
それが出来ずとも、彼の味方を殺して戦力を削ぐ。
こちらもヴァルマンの予想通り、既にシエラ領内に潜伏していた。
「にしてもよ、ラクサーシャがこっちにいるなんて何でわかったんだ?」
「優秀な内通者を用意したので。リィンスレイ将軍といえど、帝国の目から逃れられはしません」
「はあ、俺は帝国の人間で良かったぜ」
ガルムは肩を竦める。
緊張感がないように見えるが、彼の目は常にシエラ領を見据えていた。
「あー、さっさと終わらせて、帝都に帰りてぇな」
「また夜遊びで? 呆れた精力ですね」
「しねぇよ! 俺は妻帯者だからよ、そこんとこのケジメはつけてるつもりだ」
「そうですね、失礼しました」
ガルムは首を鳴らすと、大剣を掲げる。
不気味に揺らめく紫炎は、魔核から発せられる純色の魔力だった。
息を吸い込み、吠える。
「テメェら、一人も残すんじゃねぇぞッ! 突撃ぃいいいいッ!」
シエラ領に炎の獣が襲いかかる。
矢の雨が降り注ぎ、爆発する。
ガルム率いる帝国軍が進軍を開始した。