125話 フェーレアリア平原の狂戦(1)
連合軍の進撃は止まらない。
帝国内では足を止めることの方が危険だ。
故に、一気に帝都まで突き進むのみ。
ラヴァンガルド砦を攻略した一同だったが、エドナを殺すことはかなわなかった。
火球を打ち払い、生体人形を殺し終えたときには既にその姿が無かったのだ。
僅かに残る魔力の残滓が、転移魔法の発動の名残だった。
帝国領を北進する。
数刻ほど歩き続けた一同の前方には巨大な山が聳え立つ。
かつて、竜の牙を得るために訪れた場所――リオノス山だった。
既に、進むべき道程は決まっている。
連合軍は東側へ迂回するように歩みを進める。
少数での移動であれば山越えも可能だったが、今回は規模が違う。
総勢二十万もの兵を引き連れているのだから迂回すべきとの判断だった。
進行方向にあるのは、既に壊滅した街。
国境越えの際にラクサーシャたちが立ち寄った場所。
そして、かつてヴァルマンが治めていた領地。
シエラ領に一同は向かっていた。
ラヴァンガルド砦を通り抜けて以降、帝国軍との遭遇が一度も無かった。
誰かしらの貴族の私兵が向かってきてもおかしくは無いのだが、道中は至って静かだ。
だが、平穏はいつまでも続かない。
シエラ領、フェーレアリア平原を進む道中。
先頭のシェラザードが逸早く気配を察知した。
「……嫌な気配があるの。いっぱい、こっちに向かってきてる」
竜としての本能か、殺気に敏感な彼女が敵の存在を知らせる。
近付くにつれて、シェラザードの表情は険しくなっていく。
そして、ラクサーシャも気付く。
前方から迫る気配。
その数は、あまりに多すぎた。
「総員、抜刀せよッ!」
ラクサーシャの号令に、連合軍の兵士全員が抜刀する。
未だ敵は見えないが、感じる気配の数は膨大。
総勢二十万もの数を誇る連合軍に対して、数で上回ろうというのか。
連合軍はその場で歩みを止め、迎撃体制に移る。
先頭部に戦力を結集させ、後方ではウィルハルトの指示の下で魔導砲の用意が進んでいく。
やがて、地平線の彼方から敵が現れる。
異常なまでの数。
その数は言葉通り桁違いだ。
どれだけ少なく見積もろうと、七桁を切ることは無いだろう。
異常なのはそれだけではない。
向かってくる敵は、誰一人として鎧を身に着けていない。
手に持つ獲物も包丁や農具などばかりだ。
ラクサーシャの傍らで、クロウは愕然と前方を眺めていた。
「ありえない。まさか、帝国の民を特攻させるなんて……」
それは民兵だった。
魔核薬に溺れ、善悪の区別さえつかなくなった帝国の民。
上手く煽動された民兵たちが迫っていた。
残虐非道、冷酷無慈悲。
帝国は悪魔だ。
自国民でさえ魔核薬で支配し、民兵として利用する。
帝国の存続さえ危ぶまれる戦術。
もはや、国家としての機能さえ失われた。
そうまでして、帝国は、アウロイは何を望むのか。
ラクサーシャは軍刀『執念』を構える。
守るべき民を犠牲にする帝国が憎かった。
だが、ここで躊躇はしていられない。
ラクサーシャは刀を前に突き出す。
「――殲滅せよッ!」
その言葉と同時に、連合軍側から魔術が放たれた。
後方から魔導砲の閃光が打ち出され、それを切っ掛けに凄まじい数の魔法が飛んでいく。
魔術の心得が無い者は弓矢を用いて攻撃し、次々と民兵を討ち取っていく。
だが、民兵の数は増えるばかりだった。
どこからともなく現れる民兵たち。
物量に押され、連合軍側の攻撃が追いつかない。
ラクサーシャはロアに視線を向ける。
一同の中で、最も広域への攻撃を得意とする男。
ロアは静かに頷くと、拳を引くように構えた。
彼の体から膨大な魔力が立ち上る。
求めるのは、圧倒的な破壊。
アウロイの築く帝国を滅ぼすこと。
大きく息を吸い込み、拳を振り下ろす。
「滅せよ――葬落焔」
それは、数多の命を奪い去る強大な魔法。
不死者に身を堕とした男の殺意の奔流。
煌々と輝く蒼炎が大地を焼き払う。
ロアの一撃によって辺り一帯が焦土と化す。
連合軍まで肉迫していた民兵たちが、視界に移る限り全てが塵芥さえ残さず消し飛んだ。
だというのに、感じる殺気は未だに膨大。
焼け焦げた大地の向こうから、再び民兵が押し寄せてきた。