124話 ラヴァンガルド砦の戦い(3)
左翼側ではセレスが凄まじい勢いで戦場を駆けていた。
ザルツが合流したことにより大技を放つ余裕が生まれ、多数の生体人形を相手に圧倒している。
彼女の周囲には武道大会で選抜された近衛騎士たちもおり、戦況を完全に立て直していた。
立ち上る灼熱の気配に勢いが付いたのか、右翼側のレーガンも生体人形を蹴散らしていく。
懸念していた左翼側が立て直したことで憂いも無くなり、レーガンは本来の実力を発揮できていた。
戦鬼と称された男。
そして、皇国十字騎士団の序列一位。
レーガン・カルロスチノは戦斧を振り回し猛威を振るう。
先頭部のクロウたちも、数多の生体人形を相手に善戦していた。
特に多くの生体人形が集まっていたが、そこにはロアとシェラザードがいる。
降り注ぐ火球を掻い潜り、襲い来る生体人形を迎え撃つ。
戦況は悪い状態ではなかった。
一時的に左翼側が乱されたものの、ヴァルマンの判断によって即座に立て直した。
彼が連合軍の中央で戦場全体を見渡していれば、三桁程度の生体人形には遅れを取らないだろう。
叡智の呼び名は伊達ではない。
だが、問題は空にあった。
見渡す限りを覆い尽くす巨大な魔法陣。
そこから降り注ぐ火球は一つでも着弾すれば尋常ではない被害が齎されることだろう。
魔国の魔術師が魔法障壁を展開しているものの、いつまで持つかは分からない。
魔核術師エドナ・セラート。
たった一人の老婆がこれほどまで大規模な魔術を行使するとは誰が想像出来ようか。
代償魔術の完成形、魔核術の脅威に連合軍は晒されていた。
圧倒的な魔術行使。
単身で戦況を引っ繰り返せるほどの優れた魔術師。
かつての帝国でシュトルセランを差し置いて指揮官の役職についていた老婆。
彼女であれば、大抵の国は一人で落とせることだろう。
降り注ぐ火球を見れば、強大な力を持つ魔術師が如何に有用であるか分かることだろう。
だが、この場においてそれが可能なのはエドナだけではなかった。
総勢二十万もの連合軍。
その中心部に彼女はいた。
降り注ぐ火球魔法障壁が軋む音を聞き、視線を上げる。
鋭い視線で空を見上げ、彼女は即座に自身のやるべきことを判断する。
たとえ魔力が枯れ果てようと、火球の一つとて残さない。
並大抵の魔術師では諦めるか逃げ出すかする光景。
だが、彼女の近くに立つヴァルマンはそれを止めることはしない。
なぜなら、彼女はそれが出来るだけの魔術師だからだ。
最後のエルフ、エルシア・フラウ・ヘンゼ。
大陸各地からかき集めた大魔法具は百を超える。
その中から有用な物を厳選しする。
結果、エルシアの周囲に十個の大魔法具が召喚された。
その肢体が青白い魔力光に包まれる。
周囲に浮遊する大魔法具に魔力を流し込み、その全てを起動させる。
それだけであれば、旅を始める前の彼女だ。
大陸最高峰の魔術師シュトルセランから教えを受けたのだ。
エルシアは、この程度で終わる魔術師ではない。
大魔法具とエルシアを繋ぐ魔力回路に術式が浮かび上がる。
凄まじい勢いで魔力を持っていかれるも、エルシアの視線は一瞬たりとて火球から逸れない。
並みの魔術師が百人集まろうと、これだけの魔術を行使することはかなわない。
「もっと……もっと喰らいなさい」
術式はエレノア大森林の神殿で見つけた不完全な自律魔道書を改良したものだった。
今は亡きシュトルセランが遺した、魔力喰らいの術式。
それが今、完全な形として発動される。
「――消し飛ばしてあげるわッ!」
絶叫のような轟音が鳴り響いた。
凄まじい極光が天を貫いた。
どこまでも突き進む光柱のなんと神々しいことか。
魔術に長けたエルフ族の中でも突出した魔術の才を持つエルシア。
彼女の魔力全てを一撃に込めれば、絶対的な破壊が齎される。
狙うのは火球ではない。
その役割は自分ではないと理解していた。
エルシアは仲間たちを信頼している。
空を覆い尽くす巨大な魔法陣。
その中心を極光が穿つ。
刹那、魔法陣が掻き消えた。
シュトルセランの得意とした魔法――術式破壊。
そこにエルシアの魔力を加えれば、如何なる大魔法であろうと消し飛ばすことが可能だ。
極光は幾つもの火球を飲み込み、魔法陣を貫いた。
魔力を使い果たしたエルシアは膝を突く。
視線を上げれば、まだ二桁もの火球が残っていた。
だが、それを見つめるエルシアの表情には笑みが浮かんでいた。
連合軍の左右から、紫電と灼熱が火球を打ち払う。
上空の魔法陣が消えるとラクサーシャが地上へ降りた。
先頭部でロアとシェラザードと合流すると、残った生体人形を殺すべく三手に別れた。
残った生体人形は成す術無く蹂躙される。
連合軍に幾らか被害が出たものの、その戦いは勝利と言って良いものだった。