123話 ラヴァンガルド砦の戦い(2)
天を駆けるラクサーシャ。
降り注ぐ火球を次々に迎撃するも、全てを防ぐことはかなわない。
彼の横を抜けた火球は全体の一割程度だが、それだけでも連合軍に多大な被害をもたらすだろう。
連合軍、左翼側。
レーガン率いる皇国十字騎士団は空を見上げて絶句する。
降り注ぐ火球のなんと大きなことか。
竜種の群れに遭遇したかのような絶望を味わっていた。
見渡す限りの空が魔方陣に覆い尽くされていた。
それを成したのはたったの一人。
魔核術師エドナ・セラートの価値は、魔核の保有量によって大きく変動する。
ラヴァンガルド砦に蓄えられていた全ての魔核を代償とした魔法。
皇国で見た、リアーネの大魔法終焉の落日でさえこれほど絶望的ではなかった。
レーガンは紫電を迸らせ、迎撃体勢に入る。
「うおおおおおッ!」
気迫に満ちた咆哮。
レーガンとて、飛来する全ての火球を迎撃することは不可能だろう。
それでもやらねばと戦斧を構えると、彼の正面から三つの影が迫る。
火球を迎撃せんと振り翳した戦斧を、慌てて軌道を変更した。
内一体を叩き潰すも、残った二体が左右から襲い掛かる。
戦斧を引き戻すには時間が足りない。
「ちぃッ!」
レーガンは戦斧を手放すと回避を選ぶ。
地を蹴って大柄な体を跳ね上げ、少し離れた位置に着地した。
険しい表情で前方を見つめる。
二人の生体人形が魔導兵装を構えていた。
レーガンでも対応できる範囲ではあるが、それだけではない。
ラクサーシャが上空で火球を迎撃しているため、三桁近い数の生体人形が連合軍と衝突していた。
レーガンの任された左翼側には二十体ほど。
先頭で戦うクロウやロア、シェラザードのもとには五十体ほど。
であれば、セレスの任された右翼側には三十体ほどの生体人形が向かったのだろう。
レーガンの心に焦燥が生まれる。
決定打に欠けるセレスにとって、魔導兵装を装備した相手は戦いにくい相手だ。
凄まじい速度で戦場を駆ける生体人形の鎧の隙間を狙わなければならない。
すぐに負けることはないだろうが、この状況においては左翼側が僅かに穴となっていた。
レーガンは戦斧を振るい、近くにいた生体人形を弾き飛ばす。
既に生体人形は、連合軍の隊列を崩しつつあった。
左翼側は酷い混乱状態にあった。
凄まじい勢いで現れた生体人形によって隊列は崩れ、少なくない犠牲が出てきていつ。
そこを切り口として中心部にまで侵攻する生体人形もおり、このままでは尋常ではない被害が出てしまう。
だが、動こうにも動けないのが現状だった。
降り注ぐ火球の九割はラクサーシャが迎撃している。
そうであっても、残りの一割だけで連合軍にとっては脅威足り得た。
魔国の魔術師が魔法障壁を展開しているが、それもいつまで持つか分からない状態だった。
セレスのは一人の生体人形と対峙していた。
恐らく、十にも満たないであろう少女。
無感情な瞳とは裏腹に、向けられる殺気は強烈なものだった。
レーガンが危惧した通り、セレスは決定打に欠いていた。
帝国の生み出した魔導兵装は非常に強固で、それこそレーガン並の腕力がなければ相手取ることは難しい。
剣の技量で互角に打ち合えているが、いずれ体力が尽きてしまう。
体力が消耗すれば剣筋の精細さを欠き、やがては隙を突かれてしまうだろう。
故に、セレスは機を窺っていた。
大技を放てるであろう決定的な隙を生み出すためには、生体人形の体勢を崩すほかない。
だが中途半端な状況では、人体の造りを無視した動きで回避されてしまう。
じりじりと追い詰められていく。
隙が生まれるどころか、生体人形は一切消耗していないように見えた。
目の前にいる生体人形は完全な兵器。
人間の体を素体とした、魔力で動く人形なのだ。
体力の消耗を狙うことは難しく、体勢を崩すしかない。
ふと、一陣の風が吹いた。
戦場に似合わぬ心地よい風。
それと共に、老騎士ザルツ・フォッカが躍り出る。
「アルトレーア嬢、某が加勢致しますぞッ!」
「ありがたい!」
中心部を任されていたザルツが左翼側に移動してきていた。
先頭部はロアとシェラザードがおり、左翼側はレーガンがいる。
であれば、劣勢になっている右翼側に向かうべきだとヴァルマンから指示を受けて駆けつけたのだ。
ザルツという技量の優れた騎士が合流したことにより、セレスには幾らか余裕が出来た。
であれば、大技を放つことも可能だ。
二体の生体人形を相手に、ザルツは二振りの剣で善戦する。
この隙を、セレスは待っていた。
「――烈火の一閃」
灼熱の炎が噴出した。
燃え盛る剣を悠然と構え、セレスは生体人形に切りかかる。
「ザルツ殿!」
「頼みましたぞ!」
入れ替わるようにセレスが前に出る。
生体人形に肉迫すると、下段から切り上げた。
魔導兵装をも溶かす烈火の一閃。
突き出された剣を叩き折り、鎧を切り裂き、内部に灼熱が流れ込む。
生体人形を焼き尽くすが、セレスは止まらない。
以前は一撃で終いだった烈火の一閃は、今や魔法剣として固定化していた。
セレスは戦況を立て直すべく、燃え盛る剣を手に戦場を駆ける。