122話 ラヴァンガルド砦の戦い(1)
やがて夜が明ける。
ラノーファ砦の前に整然と隊列を成すのは、約二十万もの連合軍の兵士たち。
大陸史における戦争でも類を見ない規模だった。
視界に広がる圧巻の光景。
だが、その先頭に立つ男は、大軍を率いるに相応しい格を持っていた。
ラクサーシャ・オル・リィンスレイ将軍。
最強と謳われた男の復讐が幕を開けるのだ。
彼の刀が、進軍の時を今か今かと待ち詫びていた。
日が大地を十分に照らし始めると、ラクサーシャは刀を鞘から抜き放つ。
極めて静かに、軍刀『執念』の切っ先を前方に向けた。
「奴らは悪魔だ。残虐非道、冷酷無慈悲。邪の道を歩み、大陸を呑み込まんとする悪魔なのだ。故に、僅かとて容赦はせん」
彼の眼光は鋭い。
溢れ出んばかりの殺気を以って、咆哮する。
「――蹂躙せよッ!」
ラクサーシャの合図に、兵たちは武器を掲げて声を上げた。
凄まじい勢いで進撃する連合軍。
その先頭を駆けるのはやはり、ラクサーシャだ。
軍刀『執念』を水平に構えて駆ける。
相変わらずラヴァンガルド砦は静かだった。
抵抗が無いならば、遠慮せず破壊すればいい。
「――奥義・断空」
膨大な魔力の奔流が大地を抉りながら突き進む。
神話級の魔物でさえ、一撃たりとて耐えることはかなわない。
ラクサーシャの奥義が砦を喰らう――はずだった。
光が爆ぜた。
砂煙が巻き上がり、連合軍側は目を覆う。
少しして砂煙が消え去ると一同は驚愕する。
ラクサーシャの奥義を真正面から受けたというのに、砦を見れば、傷の一つさえ付いていなかった。
砦を守るように巨大な魔法障壁が展開されていた。
恐るべきは、それを成したのはたったの一人であるという事実。
ラヴァンガルド砦の頂上に一人の魔術師がいた。
魔核術師エドナ・セラート。
彼女の足元には膨大な数の魔核が転がっていた。
「カカカッ! ようやく来たさね、将軍」
その顔に浮かぶのは愉悦の色。
二十万の軍勢を前にして、少しも怯んだ様子は無かった。
「行きな、下僕共ッ!」
エドナが声を上げると、砦から飛び出してくる影があった。
数はおよそ百体。
その肌には、赤黒く輝く術式が浮かんでいた。
「こいつら、みんな生体人形なのか!?」
クロウが驚いたように声を上げた。
ただでさえ強力な力を持つ生体人形。
だというのに、彼ら彼女らは魔導兵装を装備していた。
そして、エドナはそれだけでは止まらない。
「炎。炎――」
詠唱が始まる。
生体人形に魔導兵装。
帝国の技術をかき集めた兵を捨て駒に、エドナは悠々と詠う。
「こりゃ不味い、旦那!」
ラクサーシャは頷くと、凄まじい速度でラヴァンガルド砦へ駆けていく。
だが、彼の行く手をエドナの下僕が妨げる。
十体の生体人形が一斉に飛び掛る。
ラクサーシャは刀を引くと、膨大な魔力を乗せて突き出した。
「――奥義・魔突」
轟音と共に赤き閃光が撃ち出された。
それは、生体人形シグネが用いた魔力放射を真似た技だった。
視界を埋め尽くすほどの魔力の奔流。
呑み込まれた生体人形は跡形も無く消え去った。
だがしかし、エドナの元に辿り着くには遠すぎた。
「其れは廻る因果なのか。贖罪無き魂よ、制裁は決して汝を逃さない。無辜なる魂よ、理不尽な運命に嘆くが良い――」
「させんッ!」
行く手を阻む生体人形たちに、流石のラクサーシャも後一歩届かない。
そして、詠唱が終わる。
「――死は真に平等だろう?」
エドナの足元にあった大量の魔核。
その全てが代償として、光となって霧散した。
エルフ族の殲滅を髣髴とさせる、永劫に終わらぬ日没。
連合軍に、灼熱の火球が降り注ぐ。
まともに受ければ、連合軍の被害は尋常ではないだろう。
絶望的な光景を前にしても、ラクサーシャは至って冷静だった。
否、その表情には笑みさえ浮かんでいた。
「――黒蝕銀光」
ラクサーシャの背から銀色の魔力が噴出した。
美しい銀の翼が生まれたかと思えば、そこに瘴気が流れ込んでいく。
かつて、アスランが求めた栄光。
禍々しい瘴気に蝕まれた銀翼。
それを今、ラクサーシャが操る。
大きく翼を広げると、ラクサーシャは空へと向かっていく。
降り注ぐ火球の全てを打ち払わんと、軍刀『執念』を構えた。