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120話 情報屋の刻

 侵攻まであと二日となっていた。

 ラノーファ砦には既に大量の物資が運び込まれており、後は魔国から人工魔道具が届くのを待つのみ。

 人工魔道具の威力については、魔国での王位継承の争いで実証されている。


 ラヴァンガルド砦を攻めるにあたって、ラノーファ砦は固定砲台として機能することになっていた。

 魔国から取り寄せた魔導砲を設置し、王国側へ攻め込んできた帝国軍を迎え撃つ。

 可能な限りの数を取り寄せるため、それを掻い潜ってラノーファ砦までたどり着ける兵は少ないだろう。


 王国側の守りは万全。

 後方を気にせず攻め込めるということは大きかった。

 戦いが始まれば、幾らかの戦力を残して帝国へ進軍する。


 大陸史に残る大戦とあってか、もしくは上に立つ者がラクサーシャであるからか。

 兵たちの士気は非常に高かった。

 王国においても、魔国においても、ラクサーシャの功績は知れ渡っていた。


 対して、帝国軍の動きは静かだった。

 物資が運び込まれる様子もなければ、兵の増員がされているわけでもない。

 不気味なまでの静寂。

 はたして本当にラヴァンガルド砦で迎え撃とうとしているのか疑問を抱くほどだった。


 しかし、そこには指揮官エドナ・セラートが確かに存在している。

 他にも複数の魔力反応はあるものの、エドナを除けば有象無象の集まりでしかなかった。

 さらに言えば、その気配は非常に弱々しい。

 死の危機に瀕しているかのような弱い気配が、また不気味だった。


 ラクサーシャは見張り台から降り、ラノーファ砦の中へと戻る。

 既に皆が寝静まっているだろう時間帯。

 戦いが迫っているせいか、どうにも興奮して眠れなかった。


「おう、旦那」


 クロウと出会ったのは、丁度部屋に向かおうとした時のことだった。

 廊下を歩いていると、向かいからクロウがやってきた。


「その様子だと、眠れないみたいだな」

「うむ。どうにも気が静まらなくてな」

「なら、ちょっと付き合ってくれないか?」


 クロウは手に持った瓶を揺らす。

 ちゃぷちゃぷと波打つ酒の水音が、夜の静寂に心地よい響きを与える。


「これは東国から取り寄せた酒なんだ。味は保障するぜ?」

「ほう。であれば、頂こう」


 ラクサーシャはクロウの提案を快諾する。

 旅を思い返して見れば、じっくりと酒を飲み交わす暇は無かった。

 戦いの前に、こうして語らうのも良いとラクサーシャは思った。


 適当な場所に腰を落とすと、二人は酒を飲み始める。

 澄んだ川の水のような、透明な酒。

 それを一口飲めば、繊細で柔らかな味わいに感心する。


 酒の肴は無い。

 空を見上げ、酒を酌み交わすだけで十分だった。

 しばらく静寂が続いた後、クロウが口を開いた。


「レーガンが言ってたぜ。旦那と旨い肉を食ったってさ」

「うむ。上質な角兎ホーンラビットの肉だった」

「らしいな。レーガンも、肉のことを嬉しそうに話してたぜ」


 クロウはレーガンの様子を思い出して苦笑する。

 肉一つであれほど嬉しそうに語る人間はそういないだろう。


「セレスは、旦那と手合わせをしたってさ」

「良い剣筋だった。セレスならば、近衛騎士団長としてやっていけるだろう」

「最後まで剣が届かなかったことを、悔しそうにしてたぜ」


 クロウはセレスの様子を思い出して心苦しさを感じた。

 ラクサーシャに父の姿を重ねている彼女にとって、ラクサーシャの決断はとても辛いものだった。


 ラクサーシャは脳裏に二人とのやり取りを思い浮かべながら返答する。

 だが、彼の表情に憂いは無かった。


「後世に憂うことは無い。この旅で得たものは、確実に皆の糧となっている」


 初めは復讐しかラクサーシャの頭には無かった。

 だが、いつの間にか旅を楽しく感じていた。

 仲間の成長を嬉しく思い、仲間の挫折を悲しく思い、様々な壁を乗り越えてきたのだ。


 自分がいなくとも、後世に憂うことは無い。

 ラクサーシャはそう考えている。


 クロウもそれを理解しているからこそ、ラクサーシャを困らせるようなことは言わない。

 ラクサーシャの覚悟は船上で既に聞いた。

 であれば、その道に石を置くような真似は出来なかった。


「俺も、色々と感謝してるんだぜ? 旦那に出会えなければ、俺は今ほど強くなかった」


 ずっとその傍らにいたからこそ、クロウは一番ラクサーシャの在り方を学んでいた。

 悪魔と畏れられるような人間ではない。

 むしろ、将軍と慕われているほうが似合っていた。

 ラクサーシャほどの人格者をクロウは知らない。


 そして、戦う技術も学んだ。

 妖刀『喰命』に頼らずともそれなりに戦えるようになった。

 並みの敵では、今のクロウに勝てはしないだろう。


 精神も、肉体も。

 この旅を通して、クロウはその両方で成長を遂げていた。


「だから、改めてお礼を言わせてほしいんだ。ありがとう、旦那」

「うむ」


 クロウは心からの感謝を告げる。

 ラクサーシャはその言葉を受け止め、頷いた。


「それじゃ、飲もうぜ。旦那には、もう一杯くらいは付き合ってもらわないとな」


 その夜、二人は遅くまで語らい、酒を酌み交わした。

 戦いの時が迫っていた。

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