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119話 烈火の刻

 出撃まで残すところ四日となった。

 将軍として連合軍を率いる傍らで、ラクサーシャは日々の鍛錬を欠かさずにいた。


 騎士としての基本の型から始まり、彼独自の型へ。

 そこに小細工は存在しない。

 真正面から切り伏せるための剣術。

 それを継承する者がいないということは世界の損失だろう。


 おそらく、彼の剣術は受け継がれないだろう。

 残された短い猶予では弟子を取ることが出来ないのだ。

 だが、その在り方を受け継ぐ者はいた。


「ラクサーシャ殿。一つ、手合わせを願いたい」

「うむ」


 ラクサーシャの前方にはセレスの姿があった。

 近衛騎士団長を務めるだけの実力。

 魔力は他の皆と比べると僅かに劣るものの、卓越した剣術はラクサーシャに迫る勢いだった。


 向かい合う二人。

 開始の合図は無いが、動き出すのは同時だった。


 互いの距離が詰まると、セレスは上段から、ラクサーシャは下段から剣を振るう。

 ぶつかり合った刃が火花を散らす。

 体勢的に不利なはずのラクサーシャだが、身体能力でセレスを押し返す。


 セレスは軽やかな足捌きで後方へ跳ぶ。

 隙を作らないように、小刻みに足を動かして退避した。


 ラクサーシャは身体能力の強化を行っていない。

 本気で戦えば刹那に終わるだろう。

 それをしないのはセレスの剣を受けるためだ。

 彼女の剣には、一振り一振りに感情が込められていた。


「はあああああッ!」


 再びセレスが駆ける。

 剣に炎を纏わせ、流麗な剣閃に荒々しさが生まれた。

 正しく烈火、ラクサーシャが初めに抱いた印象と一致していた。


 だが、精細さは欠けない。

 その一撃はより重く、より速くなっていた。


 再び振るわれた剣を、ラクサーシャは真正面から受け止める。

 まるでセレスの思いと向き合うように。

 死んで欲しくないと、セレスの心が叫んでいた。


 剣閃はさらに速さを増していた。

 今のセレスならば、その剣速はアスランにさえ匹敵するだろう。

 自身の能力を超過した剣戟。

 感情一つで、彼女はそれだけの高みに至っていた。


 セレスの表情は必死だった。

 ラクサーシャに父の姿が重なって見えるのだ。

 失いたくないという思いが、その剣に込められていた。


 それ故に、剣を受けるラクサーシャも心苦しかった。

 その剣を防ぐ度に心が痛んだ。

 その剣を弾く度に悲しみが溢れてきた。


 だが、ラクサーシャはセレスの剣を最後までその身に受けなかった。


「はあ、はあ……」


 どれだけの時間が経っただろうか。

 セレスは無心に剣を振るい続けていた。

 一撃でも良い、当てさえ出来れば。

 その一心で、何度もラクサーシャに立ち向かった。


 だが、それも限界に来ていた。

 セレスの肩が激しく上下している。

 疲労で体がふらついており、足取りが覚束ない。

 もはや剣を構えるほどの力も無いはずだったが、セレスは決して膝を突かなかった。


 そうなれば、諦めてしまう。

 止めることは出来ないと理解してしまうことが恐ろしかった。

 ラクサーシャの覚悟を尊敬してはいるが、それを受け入れられないのだ。


 既に、彼女の体力は限界に来ていた。

 長時間の戦闘によって精神も限界に来ていた。

 だらりと力無い構えだったが、しかし、その瞳から闘志が失われることは決して無い。


 だが、それが続くはずも無かった。

 セレスは足を踏み出そうとして、そのまま意識を失ってしまう。

 ラクサーシャは瞬時にセレスのもとへ移動すると、倒れる前にその体を抱きとめる。


「……すまない」


 ラクサーシャは呟く。

 彼の覚悟は決して揺るがないのだ。


 しかし、ラクサーシャはセレスの気持ちは嬉しかった。

 自分の死を悲しむ人がいる。

 悪魔として死を迎えるのだと考えていた初めの頃よりは、随分と良い境遇ではないか。


 もはや後顧の憂い無し。

 人生の終幕は、恐れるものではなくなった。

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