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116話 ラノーファ砦の軍議

 その日の夜、一同は国境付近の砦にいた。

 ラノーファ砦と呼ばれるそこは、かつて王国と帝国の戦争の激戦区となっていた場所だ。

 王国の守りの要とされ、若い頃のラクサーシャもここを突破することはかなわなかったほどだ。


「まさか、ラノーファ砦の中に入る日が来ようとは。以前の私では、想像もしなかっただろう」

「かつての大戦を思い出しますな。某も、リィンスレイ将軍と一堂に会するなど思いもしませんでした」


 ラクサーシャとザルツは剣を交えたことがあった。

 当時はまだ未熟だったラクサーシャだが、それでも一騎当千の活躍を見せた。

 彼の歩みを止められたのはただ一人、老騎士ザルツ・フォッカだけだった。


「此度は共闘ですからな。帝国を攻める上で、リィンスレイ将軍の叡智をお借りしたい」

「私には刀を振るうことしか出来ぬ。叡智という言葉はヴァルマンこそ相応しい」

「あはは、リィンスレイ将軍にそこまで持ち上げられると嬉しいものだね」


 ヴァルマンは腹をさすりながら笑う。

 そして、視線を机に移した。

 広げられた帝国の地図には、帝国領内の主要な砦の位置が記されている。


「正直言って、今回の戦争は異常だ。これまでの常識で戦略を練れば、帝国を落とすことは出来ないだろうね」


 ヴァルマンは地図を眺める。

 帝国軍、連合軍ともにかつてないほどの戦力を保有している。

 長期戦になれば、戦後に多大な爪痕を残すことになるだろう。


「短期決戦が望ましいね。砦に兵を残しつつ一直線に侵攻。補給線を確保しつつ帝都まで突き進むのが最善だ」

「だが、それを帝国が許すだろうか?」


 ウィルハルトが疑問を口にする。


「連合軍の戦力は確かに大きい。だが、帝国の魔導兵装を相手に出来る兵となれば、途端に数が減ってくるだろう。主力が攻め込んでいる隙に背後を突かれ、敵陣の中で孤立する危険がある」


 帝国の魔導兵装は脅威だ。

 ラクサーシャを始め、一騎当千の兵には対処できる範囲だろう。

 だが、そうでない者では太刀打ちできない。


 魔導兵装は身に着けた者に悪魔の如き力を与える。

 武の心得がない者でさえ竜種に匹敵する力を得られるのだから、騎士がそれを纏えば尚更だ。


 刃を通さぬ堅牢な守り。

 ラクサーシャでさえ、彼らを相手取るときは鎧の隙間を狙うほどだ。

 力任せに叩き潰せなくもないが、それでは魔力を酷く消耗してしまう。


 かといって、魔法を放ったとしても素早い身のこなしで避けられてしまう。

 生半可な実力では傷一つ付けることさえかなわない。

 そして、物量だけでは魔導兵装を相手にすることが出来ない。

 これがあるからこそ、帝国はほとんど被害を出さずに他国を侵略できたのだ。


「それならば、近衛騎士団に任せていただきたい」

「ほう」


 セレスが一歩前へ出た。


「王国で武道大会があったことは、この場にいる皆が知っているはずだ。あれはラクサーシャ殿をラグリフ陛下と会わせるためのものだ。しかし同時に、強者を募るといった目的もあった」


 それは、ラクサーシャたちがラグリフ王に謁見するために開かれた武道大会のことだった。

 セレスの率いる近衛騎士団は、ザルツの率いる王国騎士団と違い少数精鋭だ。

 即ち、魔導兵装に対抗し得る人材が揃っているのだ。


「今、近衛騎士団には五十名在籍している。私の見立てでは、その内の半数は魔導兵装に引けをとらないはずだ」

「半数、か。リィンスレイ将軍。帝国軍の規模はどれほどか」

「帝国軍は十万程度。その内の一万が騎士階級で腕が立つ。だが、魔導兵装に限るならば千といったところだろう」

「であれば、数が圧倒的に足りないか」


 それだけの数の強者を用意することは不可能と言って良いほどだった。

 帝国は魔導兵装を量産することで強者を生み出せるが、連合軍側は今いる戦力が限界だ。

 前線に出し切ってしまえば背後を突かれ、かといって攻めを疎かにも出来ない。


「なら、皇国十字騎士団を後方支援にするのはどうですか?」


 ミリアが提案する。

 近衛騎士団に匹敵する人材が集まっており、個々の実力は申し分ない。

 だが、序列十位までしか在籍していない。


「数の問題を如何に解決するか。いっそのこと、犠牲を省みないのも……いや、駄目だ。それでは帝国と変わらない」


 ウィルハルトは腕を組んで唸る。

 数で勝る連合軍ではあるが、強者のみに限るなら帝国軍の方が遥かに多い。

 総合的な戦力では拮抗しているものの、攻める側の連合軍の方が分が悪かった。


 補給線の確保がこれほど難しいとは。

 一同は悩むも、なかなか案が思いつかない。

 常識的な策では覆せない。

 であれば、如何にして帝国を攻めれば良いのか。


 沈黙を打ち破るのは、やはりこの男だった。


「なあ、補給線の確保を重要視してるみたいだけどさ。全軍で一気に攻め込むのはどうだ?」


 クロウが大胆な策を提案する。

 背後を顧みない、もはや戦略といえるかさえ怪しい策だ。

 だが、クロウはその策に自信があった。


「攻め込むのはこっち側なんだ。補給線を作れば帝国軍もそこを狙ってくるだろうけど、補給線が端から存在しないとしたらどうする?」

「それは……こちらの戦力を、全力で潰しにかかるだろう」

「そういうことだ。向こうとしては帝都を守る必要があるから、わざわざ全軍が出払った王国を狙うとは思えない。まあ、心配なら幾らか戦力を残しても良いけど、どちらにしろ補給線を作らなければ気にすることなんてないだろ?」


 補給線を作らず、一気に帝都まで侵攻する。

 それがどれほど常識破りな策であるかは言うまでもない。

 だが、ヴァルマンもそれに納得しているようだった。


「確かに、良い考えかもしれない。物資は手の空いた兵に運ばせればいいだろうし、現地でも調達できる。なかなか面白い発想だね」

「言われてみれば、確かに理に適っている。であれば、陣形をどう組むかが問題になってくるだろう」


 総勢二十万の軍勢が一気に移動するのだ。

 陣形を如何にして組むか。

 帝国軍の奇襲に備え、守りを考えなければならない。


「前方はリィンスレイ将軍、貴方に任せたい」

「うむ。であれば、左右は近衛騎士団と皇国十字騎士団でどうか」

「某は異論ありませぬ。では、王国騎士団は中心で物資の運搬をしますぞ」

「ならば魔国の魔術師は半分に分割し、リィンスレイ将軍の援護と後方警戒に回ろう」


 陣形の話し合いが進んでいく。

 大陸史において類を見ない大胆な戦略。

 その具体案について、話し合いが着々と進んでいった。

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