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115話 連合軍

 ザルツ・フォッカは王国騎士団の団長である。

 老騎士と呼ばれるほどに年老いてはいるが、その体は衰えを知らない。

 彼は今、ラグリフの命で帝国への進行に備えて指揮を取っていた。


「まさか、ウィルハルト陛下と指揮を取れるとは。長生きをするものですな」

「やめてくれ。俺は、貴方のような男に持ち上げられるような男ではない」


 ウィルハルトは自嘲気味に言う。

 自分が王座に着けたのは、そのほとんどがラクサーシャたちの功績だ。

 そう考えているせいか、ウィルハルトは自身を高く評価されることを受け入れられなかった。


 だが、ザルツは首を振る。


「今の魔国を見れば、陛下を称えぬ者はおりますまい。長年他国との交流が途絶えていた魔国が、いまや王国や皇国と同盟を組んだのです。王座に着くことより、その後のほうが大切なのですぞ」

「……流石はザルツ殿というべきか。情けないところを見せたな。もう少し、王らしくあろうと思う」

「某がお役に立てたなら、何より。しかし……」


 ザルツは横に視線を向ける。

 そこにいたのは皇女ミリア・カルロスチノ。

 レーガンの妹であり、現在は皇国を治める少女だ。


「彼女はもう少し、年相応の振る舞いをしても良いかもしれませぬ」

「同感だ」


 ミリアはあの一件以来、皇女として皇国の建て直しに尽力していた。

 クロウの配下の助けがあったとはいえ、それでも皇国を立て直せたのは彼女の手腕によるところが多い。

 聖騎士団の壊滅、信仰者の大量死、聖地の崩壊。

 それら全てを帝国の所業とした彼女の発想は、十四歳の少女とは思えないものだった。


 彼女の指揮の元、聖騎士団は再編成された。

 リアーネを守る騎士団から、ガーデン教を滅ぼす騎士団へ。

 その名を皇国十字騎士団に変え、新たに大陸から実力者を募った。


「まあ、彼女なりに頑張っているのだろう。兄思いの、いい娘だ」


 唯一、ミリアはわがままを言った。

 それは、皇国十字騎士団の序列一位エーアストをレーガンにしたことである。

 実力的にも問題なしとの判断で、レーガンはその位置に納まった。


 今のミリアには未来視がない。

 一方的にリアーネから見せられていた光景だったため、彼女亡き今では普通の少女でしかない。

 それでも、ミリアは精一杯皇国の建て直しに尽力している。

 いずれは良い王になるだろうと、ウィルハルトはその姿を眺めていた。


 兄思い、という言葉がウィルハルトの心に引っかかる。

 彼の兄ロードウェルは王座を得るために様々な禁忌を犯した。

 だがそれは、非道な道に足を踏み入れたとはいえ、魔国のことを思っての行動だった。

 彼の最後の言葉からも、それが窺える。


『一つ、忠告をしてやろう。敵が帝国だと思うな。あれはおそらく、ただの駒に過ぎない。あんなものよりもっと恐ろしい、神話の怪物が敵だと知れ』


 冷血な彼らしい、愛想の無い遺言だった。

 しかし、ウィルハルトにその後の魔国を託すために残した言葉だ。

 弟思いというわけではないのだろう。

 だが、兄の最後の言葉がそれだと考えると、やはり殺してしまったことを後悔してしまう。


「いつまでも悔やんではいられないか。俺も、少しはあの少女を見習わねばな」


 そういって首を振ると、今度こそウィルハルトは気分を入れ替える。

 しばらく指揮を取っていると、そこに一組の夫婦が現れた。


「いやあ、すまないね。国境を抜けるのに、すこし手間がかかった」


 男の名はヴァルマン・シエラ伯爵。

 侵略戦争において、幾度となく戦場指揮を任された実力者。

 その裏では王国のアルバ・ラジューレ公爵と繋がりを持ち、帝国の情報を流し続けた男。

 そして、今では連合軍の戦場指揮を任された男だった。


「直接会うのは初めてかな、ウィルハルト陛下」

「ああ、あの時は通信水晶だった。改めて挨拶をさせていただこう」


 二人は握手を交わすと、早速本題に入る。


「見た限り、もう進軍は出来るように見えるね。リィンスレイ将軍待ちかな?」

「ああ。何しろ遠い東国だ。もう数日は帰ってこないだろう」

「なるほどね。彼らの帰還と、疲労の回復を待つとして……一週間後くらいになるのか」

「そうなるだろう」


 少し離れたところでは、ザルツがミリアの手伝いをしていた。

 傍から見れば祖父と孫にしか見えないが、交わす言葉は戦争の準備に関することである。

 なんともいえない気持ちになるも、ウィルハルトは言葉を飲み込む。


 現在、王国には魔国と皇国からも兵が集まってきていた。

 王国からは十万の兵。

 魔国からは三万の兵と人工魔道具。

 皇国からは五万の信仰者が名乗りを上げた。


 もはや、これはただの戦争ではない。

 大陸史に残る大戦である。

 約二十万にも及ぶ兵が、ただ一つの国に雪崩れ込むのだ。

 歴史の大きな転換点として、後世にまで語り継がれることだろう。


「ああ、そうだ。ウィルハルト陛下とザルツ卿、あとミリアさんにも聞いてほしいことがあるんだ」


 ヴァルマンの提案は、皆を納得させる内容だった。

 快く了承され、あとはラクサーシャたちの帰還を待つのみ。

 そう思っていた矢先のことだった。


 その気配を感じ取ったのはザルツだった。

 上空から迫る強大な気配。

 神話級の魔物、その中でも上位に位置するであろう気配。


 ザルツが剣の柄に手を添えると同時に、ヴァルマンの前にシャトレーゼが姿を現した。

 夫を守るように身構えるシャトレーゼだったが、その正体を見て戦慄いた。


「なんてこと……」


 大きく広げられた雄大な翼。

 全てを噛み砕く獰猛な牙。

 それは、巨大な竜だった。


 勝ち目はない。

 そう思った瞬間、ミリアが声を上げた。


「あ、お兄ちゃん!」


 近付いてきた竜の背に、大きく手を振るレーガンの姿があった。

 それを見て、一同は安堵する。


 竜が地面に降り立つと、そこから一人の男が降り立った。

 ラクサーシャ・オル・リィンスレイ。

 彼に続くように、仲間たちが地に降り立つ。


 すると、ヴァルマンがラクサーシャの前に跪いた。

 彼だけではない。

 ウィルハルトも、ミリアも、ザルツも。

 そして、この場に集結した兵士全員がラクサーシャに跪いた。


 困惑するラクサーシャに、ヴァルマンが顔を上げて宣言する。


「リィンスレイ将軍、貴方はこの連合軍の将軍だ。どうか我々を、勝利に導いてほしい」


 それが、先ほどヴァルマンが提案したことだった。

 王国も、魔国も、皇国も。

 皆がラクサーシャに大きな恩を受けていた。

 であれば、何か恩返しをしたいと考えていた。


 彼らの導き出した答えが、ラクサーシャを再び将軍にすることである。

 以前、ヴァルマンはラクサーシャのことを解放軍の将軍だと言った。

 しかし、それではあまりにも規模が小さい。

 だが、今の連合軍であれば、かつて帝国で将軍を務めていたとき以上の栄光といえるだろう。


 しばらく呆然としていたラクサーシャだったが、微かにその瞳を潤ませた。

 だが、涙を零しはしない。

 今はまだ、その時ではないのだ。


「うむ」


 ラクサーシャは力強く頷く。

 そして、軍刀『執念』を翳し上げて宣言する。


「私は今ここに、連合軍の将となることを誓おう。そして、たとえこの身が朽ちようとも、この戦争を勝利に導くことを誓おう」


 その宣言に、兵から割れんばかりの歓声が上がる。

 立ち上る熱気の中、ラクサーシャは心地よい昂揚を感じていた。

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