表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/157

間話 溺れる

 教皇からの説明を聞き終えると、ベルは足早に退室する。

 その場の空気が好かないのだ。

 悪人の中にいると、自分がラクサーシャたちを裏切ったことを思い知る。


 ベルは裏切ったことを後悔している。

 逆らえぬ立場とはいえ、仲間を手にかけたのは確固たる事実。

 その手には未だにシュトルセランを殺めた感触が残っていた。


 だが、ベルは自分が悪人であることを認めたくなかった。

 認めてしまえば、己を保てる自信がなかった。


「いつまで経ってもうじうじと。全く、不愉快さね」


 いつの間にか、ベルの傍らにエドナがいた。

 足早に立ち去ろうとするベルの腕を掴み、ニタリと厭らしい笑みを浮かべる。


「カカカッ! お譲ちゃんは少し怯え過ぎさねぇ。仲間に怯えてどうすることやら」

「……仲間では、ありません」

「いいや、仲間さ。お譲ちゃんも私も、自分の目的のために他人を犠牲にした。であれば、同類であることは否定しようの無い事実」


 エドナの言葉がベルの心を抉る。

 確かに、そこは共通している。

 だが、ベルはその言葉を認められなかった。


「同類じゃありません。私は、仕方なく……」

「嗚呼、呆れた。未だに綺麗なままでいたいなんて、そんな逃避は三流のやることさね」


 エドナは心底残念そうに呟く。

 そして、狡猾な瞳をベルに向けた。


「お譲ちゃんは妹のため。ならばなぜ、私がアウロイに手を貸しているか分かるか?」

「いいえ……」

「利害関係さ。魔核術の研究を支援してもらう代わりに、あの男の兵となった」


 エドナは懐から魔核を取り出す。

 それをうっとりと眺め、視線だけをベルに戻した。


「魔核術は代償魔術の完成形。あの男の協力が無ければ、ここに至ることは無かった。故に、私は未だに手を貸し続けるのさ」

「なら、教皇に反論しないんですか。教皇が何か企んでいるのは分かったはずです」

「あれは異常者さ。何を隠しているかは分からないが……まあ、アウロイを欺こうってつもりだろうが、それが出来るとは思えないさね」


 エドナは大して気にしていない様子だった。

 教皇は不気味な雰囲気を纏っているが、それもアウロイには及ばないと考えていた。


「お譲ちゃん、あんたは罪を自覚するべきさね」

「私は強要されて、仕方なく……」


 ベルの言葉を遮るようにエドナが咳払いする。

 そして、ぎろりと目を見開いてベルを睨み付ける。


「将軍は、まあ好ましい人間ではあった。あれは自分に言い訳をしない。自分の罪を理解した上で行動できる人間さ」


 しかし、とエドナは続ける。


「お譲ちゃん、あんたは好かないねぇ。そんな汚れきった体で、処女でも気取ったつもりか。気にくわない、全く気に食わない」


 そう、自分の手は汚れている。

 どす黒くこびり付いた血が、あの日から剥がれ落ちない。

 手を幾ら洗おうと、その罪は落ちないのだ。


 愕然と自分の手を見つめるベルに、エドナは愉快そうに嗤う。


「そうさ、それでいい。それこそが、裏切り者の顔さね」


 ベルの頭は酷く混乱していた。

 そこに理性が残っているのかさえ分からない。


 ただ、自分を肯定したい。

 罪の意識から逃れて楽になりたい。

 目の前の老婆は、その在り方を弾劾するのだ。


「わ、私は――」

「裏切り者」

「ただ、利用されているだけで――」

「仲間を欺いた」

「違う、私はただ、妹のために――」

「仲間を殺したぁッ!」


 エドナの哄笑が響き渡る。

 愚かな少女には、指を刺して嗤ってやればいい。

 心底愉快そうにエドナは嗤い続ける。


 息苦しさにベルはよろめき、壁に手を突いた。

 いつの間にか軽い酸欠状態になっていた。

 酷い目眩と吐き気に襲われ、覚束ない足取りでその場から逃げ出す。


「……どうやら魔核薬に溺れたか、裏切り者の修道女」


 ベルは既に、狂気の境界を越えていた。

 エドナは遠ざかる背を愉快そうに眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ