表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/157

114話 息吹を感じる

 ローブを纏った二人組みが、荒れ果てた大地を歩いていた。

 皇国の霊峰を想起させる濃密な魔力が立ち込めている。

 魔力が結晶化して其処彼処に巨大な魔石があった。


 視界に映る魔石だけで一生豪遊できるだろう。

 だが、それを取りに来る者はいない。

 否、取りに来ることが出来ないのだ。


 立ち込める魔力は、霊峰と同じく弱者の侵入を拒む。

 この地に足を踏み入れられるのは大陸でも屈指の実力者のみだ。

 彼らを集めるには、相応の報酬が必要となる。


 しかし、そんな彼らを護衛に雇ったとして気休めにしかならない。


 この場に弱者はいない。

 漂う濃密な魔力に中てられて変異したのだ。

 その影響か、周囲から感じる気配は神話級の魔物ばかり。


 ここは魔境。

 人の身では決して生きていけぬ、現世に顕現した地獄。

 そんな苛酷な環境を、ロアとシェラザードは涼しげに歩いていた。


「ふむ、前方に魔物が見えるな。――竜乙女ドラゴンメイド

「了解なの」


 シェラザードが背中に交差させた双剣を抜き放つ。

 その所作一つを取っても技量の高さが窺えるだろう。

 一切の無駄もなく抜刀すると、シェラザードは獲物を見据える。


 やがて姿を現したのは巨大な竜だった。

 体躯はあまりに大きく、鈍色の鱗に覆われている。

 目の前に巨大な砦が出現したかのような錯覚に陥るほど。


「――城砦竜アルトアイゼン・ドラッへ。ここら一帯の主であろうな」


 その竜は、かつて何度も人族を壊滅させた神話級の魔物だ。

 神話級の中でも最上位に位置付けられる、古代竜の一種だった。


 ロアが視線を向けると、シェラザードは首を左右に振る。


「理性は感じられないの。たぶん、はぐれ竜」

「ならば、存分に剣を振るうといい」


 この戦いにロアは手を出さない。

 何故なら、必要が無いからだ。

 目には目を、歯には歯を。

 そして、竜には竜を。


 シェラザードの魔力が爆発的に高まる。

 漆黒の鎧が膨張し始め、やがて漆黒の竜へと変貌する。


「一気に決めるの」


 交戦は刹那。

 瞬く間に竜は地に倒れ付し、勝者がそれを見下ろす。

 二人がかりで戦う必要さえなかった。


 この戦いを目で追える者はごく少数。

 ロアか、シェラザード自身か、もしくはラクサーシャか。

 他の者では、何が起きたのかさえ理解できないだろう。

 あるいはアスランであれば、見ることだけはかなうかもしれない。


「古代竜、か。あの者たちは上手くやっているだろうか」

「まだ船で出発する準備をしていると思うの」

「ふむ、そんなものか」


 二人は再び歩き出そうとして――その気配を感じ取る。

 彼らでさえゾクリと感じるほどに、その気配は強大だった。


「成ったか」

「うん」


 一言ずつの短いやり取り。

 それで十分だった。

 それだけで、静かに喜びを分かち合う。


 彼らは感じ取っていた。

 大陸史において、誰も到達したことの無い領域。

 そこに、ラクサーシャが至ったことを。


 二人は喜びを噛み締め、目的地へ向かう。

 ここで立ち止まっているわけにはいかないのだ。

 だが、シェラザードの足取りは重い。


「恐れているのか」


 その問いに、シェラザードは静かに頷く。

 二人の目的地。

 それは、アウロイによって滅ぼされた竜族の里だった。


 近付くにつれて、シェラザードの足取りは重くなっていく。

 だが、ロアはその歩みを止めることはしない。


「我が友、ヴァハ・ランエリスの血を引く竜乙女ドラゴンメイドよ。一つ問いたい」

「……?」

「我が友は……汝の祖は、そう容易く息絶える程度の意志しか持たぬか」

「そんなことは、ない」


 シェラザードは首を振って否定する。

 英雄ヴァハ・ランエリスの意志は、竜族の末裔である彼女にもしっかりと受け継がれていた。


「であれば、問題は無い」


 その言葉の意味を知るのは、それから数刻後のことだった。


 視界に広がるのは、いまだ濃厚な血の臭いを残した里だった。

 そこに生命の気配は感じない。

 視線を逸らしかけたシェラザードに、ロアが前方を指し示す。


竜乙女ドラゴンメイドよ。汝には何が見える」

「皆、死んでいるの」

「死は、終わりとは限らぬさ。見よ、この光景を」


 そこにあるのは、やはり血塗られた惨劇。

 だが、ロアの表情には悲壮感が無い。

 むしろ、歓喜さえしていた。


「我は感じる。力強い、竜の息吹を」


 その言葉だけで、ロアの言わんとすることを察するには十分だった。

 シェラザードは地に転がる亡骸を見つめる。


「願わくば、戦争に間に合うことを」


 二人は竜族の里を去る。

 戻る頃には、戦争の準備が終わっていることだろう。

彼方の東国編終了。

間話を挟んで次の章に移ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ