111話 古代竜(2)
古代竜の頭がエルシアに向けられる。
人形兵化しているため、そこに殺気は感じない。
しかし、自分が標的にされたということは分かった。
エルシアは剣を構える。
この距離では、接近する前に魔法に押し潰されてしまうだろう。
先ほどの光の矢を使ってくるならば、耐え凌いでから攻撃を仕掛ければいい。
だが、古代竜はエルシアの予想を上回る。
古代竜が咆哮した。
「――ッ!? な、何が」
大地を揺るがす咆哮。
それ自体は大した問題ではない。
足場が揺れたところで、体勢を崩すような弱者はこの場にいない。
異変は古代竜に起きていた。
大きく広げられた翼。
その背後に、一つの魔方陣が浮かび上がる。
黄金に輝く巨大な魔方陣。
刻まれた術式はあまりに複雑。
術式に詳しいエルシアであろうと、その断片さえ読み取ることが出来ない。
ただ、一つだけ分かることがあった。
この魔方陣は、脅威である。
クロウは愕然とした表情でその魔方陣を見つめる。
「まさか、単体で発動できるとはな」
「知っているの?」
「ああ。あれこそ、閉門の楔の術式破壊だ」
直後、巨大な魔方陣が地面に展開された。
古代竜の背後にある術式と同じ、術式破壊の魔術。
途端にエルシアの体から力が抜けていく。
視線を落とせば、剣に込めた魔力が消滅していくのが見えた。
慌てて解除するも、身体能力の強化だけではエルシアの真価は発揮できない。
「おいおい、どうなってんだこりゃ……」
レーガンは戦斧を構えるも、その表情は険しい。
戦斧から紫電は消え失せ、ただの金属の塊になっていた。
これでは、かつてラクサーシャに出会ったばかりの頃と変わらない。
それはセレスも同じで、今の状態では先ほどまでの動きを再現出来そうも無かった。
剣に炎を纏わせられなければ、古代竜にまともな傷を与えられないだろう。
閉門の楔の術式破壊は、エルシアやシュトルセランのそれとは大きく異なっている。
術式を直接破壊する二人に対し、閉門の楔は空間に作用させる。
周囲の魔力を消滅させて魔術を強制解除させる、力任せの術式破壊だった。
ラクサーシャを見れば、普段と変わらない様子で立っていた。
どれだけ抵抗力があるのか、閉門の楔の術式破壊を受けても体外に魔力を纏っている。
こうも余裕があるのは、底無しの魔力を持つ故か。
エルシアはクロウに視線を向ける。
クロウは東国の出身のため、魔力を用いずに身体強化をする。
それのみで戦っているクロウは戦力は落ちないが、かといって強力な一撃を放てるわけでもない。
エルシアは思案する。
今の状態では、古代竜の堅牢な守りを貫くことは不可能だろう。
紫電を纏えない状態ではレーガンの攻撃も通用しない可能性が高い。
かといって、ラクサーシャのように魔力を放出する術が無い。
打開策は無いわけではない。
エルシアの持つ破魔剣オルヴェルだ。
それを使えば、足元の魔方陣を破壊出来るだろう。
しかし、それをするには剣に魔力を込める必要がある。
全ての術式を起動させる前に、エルシアの魔力が尽きてしまうだろう。
同様の理由で大魔法具も使用不可。
なればやはり、純粋に剣で戦うしかないのだろう。
エルシアは剣を構える。
自分の強みは失われてしまったのか。
否、それだけが彼女の価値ではない。
帝国への憎悪、殺意、復讐心。
それが彼女の全てだった。
これまでも、これからも。
エルシアはそれを支えに剣を振るい続ける。
そのつもりでいた。
だが、それが今、揺らぎ始めていた。
最大の仇であるはずのラクサーシャに殺意を抱けないのだ。
手合わせで放つような殺意ではなく、相手を本当に殺したいと思う本気の殺意。
構えた剣が揺れる。
「うおおおおおッ!」
そうしている間にも、レーガンが古代竜に駆け出していた。
クロウとセレスも後に続くように駆け出している。
エルシアだけが取り残されていた。
「――うぁあああああッ!」
なぜ自分がこんなにも悩まなければならないのか。
なぜ自分がこんなにも辛い思いをしなければならないのか。
なぜ、なぜ……エルシアの心は、限界寸前だった。
激情を剣に込め、エルシアは駆け出す。
凄まじい速度で仲間たちを追い抜き、古代竜に怒りを叩き込む。
強烈な一撃は、古代竜の装甲をも切り裂き、足に大きな傷を付けた。
直後、古代竜の尻尾が水平に薙がれた。
「がはッ」
エルシアの腹部に強烈な衝撃が加わる。
肺から空気を強引に押し出され、息苦しさに目を見開く。
吹き飛ばされて壁に叩き付けられそうになるが、衝撃はいつまで経っても来なかった。
ラクサーシャに受け止められ、辛うじてエルシアは意識を保てていた。
掛けられた治癒魔法の暖かさが余計に心を苛める。
傷は治るも、消耗した精神までは回復しない。
もはや立ち上がる気力も無かった。
ラクサーシャの腕を振り払う気力も無かった。
優しく腕に抱かれ、エルシアは意識を手放してしまう。




