110話 古代竜(1)
「楔の眷石を嵌め込めば、四肢を切り落としていようと再生するはずだ。遠慮せず、思いっきり攻撃してくれ」
クロウの言葉に三人が頷く。
レーガンが古代竜の正面に立ち、セレスとエルシアは左右から攻める。
そして、クロウは短剣でその場の状況に応じて臨機応変に対応することになっている。
閉門の楔がレーガンに突進する。
巨体からは想像が出来ないほどの速度で迫る古代竜に対し、レーガンは力試しを挑んだ。
古代竜の突進を受け止めると、レーガンの足場が陥没する。
あまりに重い一撃。
だが、受け止められないほどではなかった。
「うおらぁあああああッ!」
大地を揺るがす古代竜の咆哮に、レーガンが負けじと咆哮する。
戦斧『雷神の咆哮』が紫電を迸らせ、一時的だが古代竜と拮抗していた。
その隙を逃すまいと、セレスとエルシアが左右から剣を振るう。
だが、想像以上に硬い聖銀の装甲を切り裂けない。
かすり傷を付けた程度で終わってしまう。
レーガンはこれ以上支えることは厳しいと判断して、一度距離を取った。
だが、古代竜の強みは力だけではなかった。
大きく息を吸い込み――咆哮。
周囲に無数の魔方陣が展開された。
「かぁーっ、馬鹿力だけじゃなく魔法も使えんのかよ」
「気を付けてくれ、あれを喰らうと魔力を持っていかれる!」
楔の眷石を嵌め込んでおらずとも、閉門の楔は単体で最上級の大魔法具である。
当然のことながら、内に秘める魔力は膨大だった。
その魔力を惜しげもなく注ぎ込まれた魔術は、無数の光の矢だった。
閃光が降り注ぐ。
セレスは閃光の雨を、まるで踊っているかのように軽やかに躱していた。
直撃しそうなものは剣で防ぐ。
流麗な剣閃、剣舞でも見ているかのようだった。
レーガンは魔法障壁を展開し、閃光の雨を耐え凌いでいた。
大柄なレーガンには、セレスのように躱し続けることは難しい。
故に、気合で持ちこたえていた。
エルシアは破魔剣オルヴェルを振るい、飛来する全ての光の矢を迎え撃っていた。
大魔法具を呼び出して一斉に放てば防ぎきれるだろう。
だが、それでは意味が無い。
この剣を扱えなければ、エルシアがこれを持つ意味が無いのだ。
ラクサーシャならば、並大抵の魔法ならば破魔剣オルヴェルが無くとも打ち落とせる。
かつてエレノア大森林で出会った際、エルシアは魔導銃で全力の一撃を放った。
個では成し得ないはずの領域にあったはずのそれを、ラクサーシャはあろうことか素手で受け止めたのだ。
不死者と化した今ならば、さらに上の芸当が出来ることだろう。
自分の存在意義を見せる。
その一心で、エルシアは無我夢中で剣を振るい続ける。
やがて閃光の雨が止むと、エルシアは荒く息を吐き出した。
「厄介ね。これじゃ、迂闊に距離も取れないわ」
「それに、私の剣ではまともな傷を付けられないらしい」
セレスは剣を見つめ、古代竜に視線を移す。
先ほど僅かに傷を付けた気がしていたが、少し離れただけで見えなくなってしまうほどに浅かった。
あまりの硬度に手が痺れてしまい、セレスは苦い表情で剣を構えた。
「なら、オレがでかいのをぶちかましてやる」
レーガンが戦斧を構える。
体中から紫電を迸らせ、古代竜に向かって駆け出した。
その後にクロウが続く。
「セレス! エルシア! 三人がかりで、閉門の楔を足止めするぞ!」
「分かった」
セレスとエルシアが頷き、古代竜に賭けていく。
レーガンの全力の一撃を当てるには、三人の援護が欠かせない。
クロウとセレスが斬りかかる。
剣を振るうも、鈍い音が響くのみで傷を付けられなかった。
すぐ足元にいる二人に、古代竜の意識が逸れる。
そこに、エルシアが高く跳躍した。
跳躍の頂点に達すると同時に、エルシアは魔方陣から短剣を呼び出す。
「喰らいなさいッ!」
取り出した短剣を投擲する。
エルシア自身、投擲に優れているわけではない。
短剣を投げたとして、装甲の僅かな隙間を狙うことは難しい。
だが、そこに狙いは無い。
足止めをするという点について、エルシアはそれに絶対の信頼を置いていた。
ラクサーシャに通用はしなかったが、古代竜には通用するかもしれない。
そんな期待と共に、短剣を視線で追う。
古代竜が打ち落とそうと前足を振り下ろす。
だが、それよりも早く短剣から魔力が噴出した。
揺らめく魔力が紐状に編み上げられ、古代竜を拘束した。
体を縛り付けられ、古代流は引き千切ろうともがく。
だが、拘束は解けない。
そこに、レーガンが襲い掛かる。
「喰らいやがれ――降雷烈波」
その横っ面に戦斧が叩き込まれる。
紫電が爆ぜ、鈍い音と共に古代竜の体が大きく揺らいだ。
その装甲はひしゃげていた。
しかし、それだけでは閉門の楔は止まらなかった。
すぐに体勢を立て直すと、レーガンに前足を振り下ろす。
戦斧を振り切った姿勢のレーガンに、その一撃を防ぐ術は無い。
「レーガンッ!」
セレスが間に割って入り、前足を受け流す。
古代竜の強大な力を上手く手繰り、軌道を逸らして見せた。
剣の技量だけならばラクサーシャにも比肩するほどの実力の持ち主。
近衛騎士団長の名は伊達ではない。
安全を確保すると同時に、後ろに飛び退いて距離を確保する。
あのまま近くで打ち合えば、押し負けるのはセレスだった。
戦いは再び振り出しに戻る。
だが、レーガンの攻撃が通じることは分かった。
それだけでも収穫だと思いつつ、一同は再び閉門の楔と対峙する。