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107話 楔の民

 並べられた食事に一同は見惚れていた。

 皿を彩る鮮やかな食材の数々。

 華やかで繊細な盛り付けは、大陸でもそう見られるものではなかった。


 そのうちの一皿をレーガンが見つめていた。

 生魚を薄く切ったそれは刺身と呼ばれるものだが、大陸には生魚を食す習慣がないため、じっと見つめて動かない。

 少ししておずおずと口に運んでみると、その表情が歓喜に染まった。


「こりゃうめぇ!」


 レーガンは凄まじい勢いで食事を進めていく。

 一同はそれに苦笑しつつ、のんびりと談笑をしながら食事を終えた。


 そして、本題に入る。

 東国を訪れた目的。

 閉門の楔パルフェ・ランクェスについて、クロウの口から語られる。


「先ずは使い方についてだな。閉門の楔パルフェ・ランクェス大魔法具アーティファクトの一種で、動力として楔の眷石ヘクセ・ヒュムネを嵌め込んで使う。発動させれば、周囲一帯の魔力を掻き乱して魔法を封じることが出来るんだ」

「かぁーっ、魔法を封じるなんてことが出来るのか」

「ああ。といっても、人の体内までは掻き乱せないから、体外で魔力を使うときしか効果はないけどな」

「ほう。ならば、身体強化の類は使えると」

「その通り。術式破壊レジストを空間に作用させるって言えば分かりやすいかもな」


 クロウの説明に、ラクサーシャは興味深そうに顎に手を当てた。

 エルシアも数多の大魔法具アーティファクトを所有しているだけあって、閉門の楔パルフェ・ランクェスに関心があるようだった。


「アウロイの目的を止めるには、閉門の楔パルフェ・ランクェスを使うのが手っ取り早い。あいつは、帝国に異界への門を作ろうとしている」

「ふむ、異界か……御伽噺の類でしか、私は聞いたことがないな」

「ガーデン教の聖典では、門の先には神々の世界があると言われているみたいだ。正直、眉唾だけどな」


 ガーデン教の教義。

 それは、箱庭の壁を破壊して神々の支配から逃れること。

 アウロイは、それを現実のものにしようとしているのだ。


 それを阻止する者がいる。

 不死者ロア・クライム。

 竜乙女ドラゴンメイドシェラザード・ランエリス。

 そして、楔の民。


「俺たち楔の民は、それを阻止するために動いている。遥か昔の祖先の人が、ヴァハに頼まれて閉門の楔パルフェ・ランクェスと共にここに移り住んだらしい」

「……閉門の楔パルフェ・ランクェスと共に?」


 エルシアがクロウの言葉に首を傾げる。

 その言い方では、まるで生き物のようではないか。


「ああ、そうだ。言い忘れてたけど、閉門の楔パルフェ・ランクェスは古代竜の亡骸を利用して作られた人形兵ゴーレムなんだ」


 その言葉にエルシアの表情が引き攣る。

 彼女が想像していた物は、精々が片手で使用できる大きさだった。

 しかし、思い返してみれば、それでは楔の眷石ヘクセ・ヒュムネが収まるようには思えない。

 魔石の時点で、既に片手には収まらないほどの大きさなのだから。


閉門の楔パルフェ・ランクェス自身が意思を持っていてさ、結構気性が荒いんだ。楔の眷石ヘクセ・ヒュムネさえ嵌め込めば、大人しくなるらしいけど」

「それを、あたしたちにやれと?」

「ご名答」


 クロウは簡単に言ってみせるが、エルシアたちの表情は引き攣っていた。

 古代竜を元にして作られた人形兵ゴーレムを相手にしなければならないのだ。

 如何に強者が集まっているとはいえ、さすがに常識の範疇を超えていた。


「まあ、旦那がいれば問題ないさ」


 クロウに視線を向けられ、ラクサーシャが頷く。

 だが、エルシアの矜持がそれを許さなかった。


「今回は、あたしたちだけでやるわ」

「いいのか? 閉門の楔パルフェ・ランクェスは結構厄介だ」

「構わないわ。それくらい、簡単に躾けて見せるんだから」


 エルシアが自信満々に言い放つ。

 港町での戦いで無力だった自分を許せなかった。

 故に、エルシアはラクサーシャに頼らずとも勝てると証明したかった。


 でなければ、自分は何のために戦っているのか分からなくなってしまう。

 全てがラクサーシャのみで片付いてしまうなら、自分が共に戦う資格は無い。

 この戦いに自分が必要なのだと、その実感を得るためにもこれは必要なことだった。

 レーガンとセレスも同じ考えらしく、エルシアの提案に頷いていた。


 話しを終えると、その夜は解散となった。

 各々が移動を始める中、エルシアは少しの間その場に留まった。

 そして、気配を殺して移動を始める。


 エルシアは剣を腰に帯びて、こっそりとラクサーシャの後をつける。

 そうしてしばらく歩くと、着いたのは森の中だった。

 その中の開けた空間で、ラクサーシャは鍛錬を始める。


 エルシアは木の陰から顔を覗かせ、その一挙一動を見逃すまいと眺めていた。

 基本の剣の型から始まり、徐々にその動きが速さを増していく。

 その足捌き、息遣い。

 戦いの理がここにある。


 だが、ラクサーシャはあまりにも次元が違いすぎた。

 ただでさえ膨大な魔力は、不死者と化したことで底無しとなった。

 身体能力も異様なほど高まり、素の状態でも並みの冒険者を圧倒するほど。

 瞬魔を常時発動し続けられるようになり、もはやエルシアでは目で追うことさえかなわない。


 諦めて戻ろうかと思ったとき、ラクサーシャが動きを止めた。

 その視線はエルシアに向けられている。

 気まずい雰囲気に、エルシアは仕方なく木の陰から姿を現した。


「東国に来ても、鍛錬をするのね」

「欠かせば体が鈍ってしまう。それに、私にはこれが相応しい」


 怠けてることは己の咎が許さない。

 不死者の体を得たとしても、それで慢心するわけにはいかなかった。


 そんなラクサーシャの様子に、エルシアが抜刀する。

 剣の名は破魔剣オルヴェル。

 かつて英雄ヴァハ・ランエリスが振るった名剣だ。

 剣に魔力を巡らせると、エルシアがラクサーシャに剣先を向ける。


「なら、あたしの相手をしてもらうわ。文句は言わせないから」


 有無を言わさぬエルシアの気迫に、ラクサーシャは無言で頷く。

 軍刀『執念』を正眼に構え、エルシアの能力に合わせて身体強化を施した。


 ラクサーシャはエルシアの意図を察していた。

 純粋な剣のみでの戦い。

 破魔剣オルヴェルを満足に扱えるよう、ラクサーシャとの鍛錬で技術を磨く。

 それが、エルシアの目的だった。


 だが、ラクサーシャは気付かない。

 この戦いに、もう一つ重要な意味が隠されていることに。

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