106話 故郷
島に着いたのは夕方のことだった。
朱色に煌く海を惜しみつつ、一同は里に辿り着いた。
東国は雄大な自然に囲まれた島国だった。
いくつもの島々が集まった列島の、中でも小さな島。
広さだけで言うならば、魔国の王位継承争いの場となった荒野のほうが広いくらいだった。
その中に楔の民の里があった。
里の周囲は魔物除けの策に囲まれているものの、木で作られていて心許ない。
大型の魔物が現れたら容易く打ち破られてしまうほどに薄かった。
だが、それで困ることはなかった。
大陸と違い、この地には魔力が存在しない。
里の外に出ても野犬と遭遇するくらいで、里の中は至って安全。
動物が変異して魔物になることもないため、非常に穏やかな場所だった。
ラクサーシャたちは門を潜り、中へと入る。
そこは静かに、ゆっくりと時間が流れていた。
川のせせらぎが聞こえるほど静かで、かといって静寂に包まれているわけでもない。
鳥の囀りや森のざわめきが聞こえる穏やかな里だった。
「ようこそ。俺の故郷、東国へ。とはいっても、ここは東国の一部なんだけどな」
クロウは苦笑しつつ、皆を先導する。
大陸では見られないような木造の建物が並んでいる。
見慣れない服を着た人々が歩いており、レーガンは興味津々と言った様子で周囲を見回していた。
「着いたぜ」
クロウが立ち止まる。
その視線の先には、大きな木造の建物があった。
その中から、二人の人物が姿を現す。
皇国でクロウが呼び出した配下たちの内の二人。
先に帰還していたマヤとコウガがクロウを出迎えた。
「当代様。既に準備は整えてあります」
「おう、ご苦労さん。今日は船旅で疲れたから、明日にしておこう」
「畏まりました」
クロウの言葉に二人が頷く。
そこで、レーガンの腹の音が鳴った。
一同の視線がレーガンに向けられる。
「あー、アレだ。うん。腹が減った」
誤魔化すことも諦め、レーガンは空腹を訴える。
クロウは苦笑しつつマヤに視線を向けた。
「日も暮れてきたし、何か食事を準備してくれ。飛び切り旨い料理を頼む」
「畏まりました。では、食堂の方でお待ちください」
そう言うと、マヤは一礼して建物の中へ入っていった。
次に、クロウはコウガに視線を向ける。
「それと、コウガは皆を案内してくれ。俺は一度、閉門の楔を見てくる」
「お一人で行かれるのですか?」
「そうだな……何人か、里の者を連れて行く」
「畏まりました」
コウガの返答を聞くと、クロウは皆に視線を戻した。
「それじゃあ、俺は少し出かけてくるぜ。夕食が出来る頃には戻ってくる」
そう言うと、クロウは皆に背を向けて歩き出した。
その背を見送ると、一同は建物の中に入っていく。
「夕食の支度が整うまで、この部屋でお待ちください」
コウガに案内され、ラクサーシャたちは居間に入る。
荷物を置いて腰を降ろし、長い船旅の疲れを癒す。
ラクサーシャは窓の外を眺める。
穏やかな里の光景は、彼が求めた平穏だった。
もし、帝国が狂わなければ。
シャルロッテとこんな生活を過ごせたかもしれない。
今は過ぎた事。
気付くには、あまりにも遅すぎたのだ。
かつての自分に助言できるならば、信念に囚われるなと言うことだろう。
手遅れであると分かってはいても、そんなことを考えてしまうのは仕方のないことだ。
だが、今のラクサーシャにはかつてのような悲壮感はない。
あるのは帝国への復讐心。
即ち、執念のみ。
不死者と化した今、ラクサーシャは執念のみで動いているといっても過言ではない。
現世への未練が人を不死者へと変貌させる。
ロアならば、アウロイの目的を阻止することが未練にあたる。
ラクサーシャは不死の秘薬を飲んだことで、生きながらに不死者と化した。
だが、アスランのように力に呑まれることはない。
ラクサーシャには不死者に足る資格があった。
ぼんやりと里の様子を眺めていると、部屋の戸がノックされた。
「失礼します」
入ってきたのはマヤだった。
他に二人ほど伴って、ラクサーシャたちを呼びに来たようだった。
「夕食の支度が整ったので、食堂へ案内させていただきます」
ラクサーシャたちは食堂へ移動する。
馴染みのない食事の数々に驚きつつ待っていると、遅れてクロウがやってきた。