105話 揺るがぬ覚悟
天候は穏やかで、海が荒れる様子は無かった。
王国の中でも大きな船を用意したため、一同は快適な海の旅を過ごしていた。
各々が自由に過ごしている中、ラクサーシャは船の縁に肘を突いて景色を眺めていた。
見渡す限りの海。
日差しをきらきらと照り返す水飛沫。
雄大な自然を前にして、ラクサーシャは感嘆のため息を吐いた。
思えば、これまでの旅は急ぎ過ぎたかもしれない。
ふと、ラクサーシャはそんなことを思った。
こうして気を張り詰めずに景色を眺めるなど、久しくしていなかった。
体を動かさずにいると、時間を無駄にしているのではと焦ってしまう。
ラクサーシャは復讐を急いていた。
とはいえ、船の上では出来ることも限られてしまう。
さすがに船の上で鍛錬をすることは出来ず、こうして景色を眺めていた。
その傍らに、クロウがやってきた。
ラクサーシャの横で、船の縁に寄りかかる。
「船旅はいいな。俺はさ、この旅をしているって感じが好きなんだ」
クロウが空を見上げながら呟く。
その表情はどこか寂しげだ。
「こんなことを言うのもあれだけどさ。俺は、この旅を結構楽しんでるんだ。復讐とか、使命とか。そんなことは抜きにして、この仲間で旅をすることが楽しいんだ」
視線を向ければ、レーガンとセレスが楽しげに会話をしていた。
そこにエルシアがやってきて、会話の輪に加わる。
ラクサーシャに視線を向ければ、かつてよりも覇気に満ちた姿があった。
しかし、その果てにあるものをクロウは知っている。
「……なあ、旦那。復讐を終えたら死のうなんて……考えてないよな?」
その問いにラクサーシャは言葉を返さない。
ただ、黙ったままでいた。
その様子から、クロウは悟る。
既にラクサーシャの覚悟は決まっているのだと。
この戦いを終えたら、ラクサーシャは死ぬのだろう。
「エルシアは、旦那のことを殺さないと思うぜ。それに、旦那ほどの力があればさ、どこかの国でまた将軍になれるかもしれないだろ。気乗りしないなら、いっそ冒険者になるのも――」
「クロウ」
ラクサーシャが静かに首を振る。
彼の覚悟は決して揺るがないのだ。
何人たりとて、それを覆すことは出来ない。
「だよなあ……」
クロウは項垂れるも、必要以上に落ち込んで見せることはしない。
ラクサーシャの覚悟は阻んではならない。
それは彼が決めることなのだから。
咎を背負った者の宿命。
その果てに死が待っていようと、ラクサーシャは折れる事無く突き進む。
たとえ不死者に身を堕とそうと歩みを止めない。
これほど高潔な男が、はたして他にいるだろうか。
クロウは手のひらを頬に打ち付け、顔を引き締める。
いつも通りの表情に戻ると、にっと笑って見せた。
「ならせめて、東国では旨いものを用意しないとな。東国には、大陸じゃ食べられないような料理がたくさんあるぜ」
「ほう、それは楽しみだ」
会話をしていると、前方に島らしき影が見えてきた。
大陸と比べると小さめだが、そこには人の営みが見て取れた。
クロウが治める国、東国。
一週間の船旅を経て、一同はそこに辿り着いた。