101話 塊剣の襲来(1)
ヴァルマンから通信が入ったのは翌日の朝のことだった。
クロウは船の様子を見に行っており、宿にはラクサーシャとエルシア、レーガン、セレスの四人がいた。
『ああ、リィンスレイ将軍。良かった』
ヴァルマンは通信が繋がったことに安堵した様子だった。
かなり急ぎの用らしく、その表情は険しい。
「何があった」
『指揮官ガルム・ガレリアが王国に向かっているかもしれない。追跡しようにも、あまりに速すぎてついていけなかった』
「……どうやら、そのようだ」
言い終えると同時に、東側から轟音が鳴り響いた。
遅れて、幾つもの悲鳴が上がる。
まだ視界に映ってさえいないというのに、ラクサーシャは殺気を感じ取っていた。
『どうか気を付けてほしい。帝国の地下で、得体の知れない実験を受けたみたいだ』
「ほう。留意しよう」
ラクサーシャは刀を手に取ると、仲間たちに視線を送る。
感じる気配は三つ。
一つの気配は言うまでも無いだろう。
「行くぞッ!」
ラクサーシャたちは宿屋を飛び出し、港町を駆ける。
潮風に乗って濃厚な死の香りが漂ってきていた。
これまでの戦闘とは、何かが違う。
そんな気配を感じていた。
大通りに出ると、ガルムの姿を捉えた。
罪無き人々に剣を振るう姿は悪鬼のようだった。
「――奥義・瞬魔」
身体能力を限界まで高め、ラクサーシャが地を踏み込んだ。
周囲の地面が陥没し、大きく跳躍する。
その気配に気付かぬはずも無い。
ガルムはゆっくりと視線を上げ、上空のラクサーシャを捕捉する。
「――ラクサーシャぁぁああああッ!」
ガルムが雄叫びを上げ、塊剣を構える。
内に秘めた魔力を惜しむことも無く注ぎ込み、ラクサーシャを迎え撃つ。
「うおおおおおッ!」
刃が交差する。
魔力が吹き荒れ、余波で周囲の建物が倒壊していく。
ガルムは歯を軋らせ、力任せにラクサーシャを弾き飛ばした。
吹き飛ばされたラクサーシャは宙で体勢を整え、即座に術式を刻む。
氷の刃が飛来するも、魔法障壁によって阻まれた。
以前よりも強くなっている。
ラクサーシャは僅かな交戦でそれを悟る。
魔国で戦ったときの、力を持て余していたガルムはそこにいない。
目の前の男は、内に秘めた膨大な魔力を自在に扱っている。
その傍らに補佐官レイナ・アーティスが並ぶ。
その身に刻まれた術式は、以前よりも複雑なものになっていた。
保有する魔力も、さらに高まっている。
そして、反対側には指揮官エドナ・セラートが並ぶ。
その手には無数の魔核が握られており、いつでも魔法を発動出来る状態にあった。
「よお、ラクサーシャ。殺しに来てやったぞ」
「ほう。私を殺せると思っているのか」
「当然だ」
ガルムは犬歯を剥き出しにして嗤う。
そして、その身に魔力を循環させ始めた。
魔導兵装に魔力光が宿り、塊剣に複雑な術式が浮かび上がる。
そして、ガルムの体に光が走った。
「……生体人形か」
「そうだ。テメェを殺すために、俺は悪魔に身を捧げた」
立ち上る魔力は、奈落の底のように暗い色をしていた。
まるでガルムという人間の心を表したかのような凄まじい魔力に、流石のラクサーシャも表情から余裕が消え去る。
「アウロイに魂を売ったか」
「おお、よく知ってるじゃねぇか。その通りだ」
けらけらと嗤うガルムには、余裕の色が見えた。
事実、今のガルムはラクサーシャに匹敵するほどの実力を持っている。
あまりに膨大すぎて魔力の底が見えないほどだ。
ラクサーシャは刀を正眼に構える。
目の前の男は、気の迷いを持っている状態で勝てるほど生易しい相手ではない。
しかし、死力を尽くせば退ける程度は出来るだろう。
ガルムは塊剣を大きく前に突き出すように構える。
極めて攻撃的な構えに警戒するが、ガルムの狙いはラクサーシャではなかった。
僅かな殺気の揺れから、ラクサーシャはそれを察知する。
「エルシアッ!」
「えっ?」
エルシアの目では、ガルムの動きを捉えることは出来ない。
ガルムの姿が消えたかと思えば、一瞬遅れて不快な水音が聞こえた。
そして、血飛沫がエルシアの顔を汚す。
目の前の光景に理解が追い付かなかった。
名前を呼ばれたところは覚えている。
その直後は、何が起きたのかさえ理解できない。
ただ分かることは、ラクサーシャの右腕が無くなっているということだ。
ラクサーシャは苦痛に呻く。
腕を失ったのはこれが初めての経験だった。
体の重心がずれてしまい、いつも通りには戦えない。
この感覚のずれは、戦場では命取りだった。
治癒魔法では欠損部位の修復までは出来ない。
ラクサーシャの膨大な魔力を以ってしても不可能な芸当。
今はこの状態で戦うしかなかった。
幸い、腕が吹き飛ばされる前に刀は左手に持ち替えていた。
魔術を使用しながら戦えばまだ戦えなくもないだろう。
だが、それがガルムに通用するかと聞かれたら否だ。
「腑抜けたな、ラクサーシャ。以前のテメェなら、俺に勝てるだろうに」
「……まだ、慢心するには早い。それはお前の悪い癖だ、ガルム」
ラクサーシャは荒い呼吸で言い返す。
エルシアを庇うために腕を失ってしまったのだ。
出血も酷く、そう長くは戦えないだろう。
だが、ガルムは既に自分の勝ちを悟っていた。
悦に浸りながら、彼の頭は惨い考えを思い浮かべる。
「そうだな……先ずは周りの雑魚を潰すか」
「ガルム、貴様ッ!」
「煩ぇな」
次の瞬間には、ラクサーシャの体が壁に叩き付けられていた。
立ち上がろうにも、今の衝撃で足がやられていた。
ラクサーシャのそんな姿を見て、ガルムは悦に浸る。
「テメェの全てをぶっ潰す。肉体だけじゃなく、精神もな」
ガルムの笑みにラクサーシャは寒気を感じた。
これから始まるのは蹂躙だ。
ラクサーシャの心を折るために、ガルムは残虐な見世物を始めるのだ。
エドナにはエルシアが。
レイナにはセレスが。
そして、ガルムにはレーガンが対峙する。
あまりに理不尽な状況。
その時、ラクサーシャの心に何か黒いものが生まれた。