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100話 束の間の休息

 カルナスとは淡白な味の白身魚で、王国の特産品としても有名だ。

 王国各地で食べられるが、大抵は保存が利くように干物にしてあった。

 新鮮なカルナスは港町でしか食べられないため、貴族や商人などは港町をよく訪れている。


 そのおかげか、港町は物流も盛んで栄えていた。

 海の幸の恩恵を受けて発展した町は、建物も石造りの立派なものが多い。


 その中でも特に立派な建物が一同の訪れている白波亭だった。

 百年以上続く老舗の料亭で、王族御用達となっている。

 今代の王ラグリフ・ユーグ・エイルディーンは年に数回は訪れるほど。


 料亭としては港町一旨いと評判で、同時に港町一高いとも言われていた。

 扱う素材も腕を振るう人間も共に最高峰。

 贅の極みといっても過言ではないだろう。


 レーガンは並べられた料理に舌なめずりをする。

 フォークとナイフを手に取るも、彼にはテーブルマナーが分からなかった。

 ちらりと横を窺えば、仲間たちが器用にナイフとフォークを扱っていた。


 騎士として高位にいたラクサーシャとセレスは慣れた手つきで食事を進めていた。

 その所作の一つ一つに品の良さが表れている。

 クロウとエルシアも品の良さまでは無くとも、テーブルマナー程度は心得ているようだった。


 レーガンは周囲の席を見回す。

 この場にいるのは上流階級の人間ばかり。

 自分のような粗暴な人間は一人もいない。

 行儀悪く食べてしまえば、周囲の気分を害してしまうだろう。


 額を汗が伝った。

 極上の煮付けを前にして、手を出すことさえ出来ないのだ。

 何をどうすれば正解なのかがレーガンには分からない。


 一度、全力のラクサーシャと手合わせをしたことがあった。

 刀を正眼に構えたラクサーシャと目の前の煮付けが重なって見える。

 攻め方がまるで分からない。 

 恐ろしさのあまり、彼の手は震えていた。


 レーガンにとって、これは戦いだった。

 食うか、食わぬかの二択。

 一先ずは食べ方の分かりやすいサラダや汁物から攻め、再び向き直る。


 やはり、そこには一切の隙も無かった。

 煮付けはレーガンが手を出せるような相手ではない。

 最低限の作法を弁えていないレーガンでは、そもそも食べる資格さえ無かったのだ。


 いつの間にか、仲間たちは食事を終えていた。

 あまり手を付けていないレーガンに一同の視線が集まる。

 汗を流しながら固まっているレーガンに、隣に座っていたセレスが声をかける。


「レーガン、煮付けを食べていないみたいだが」

「あ、ああ……ちょっと腹を壊しちまってよお」

「そうか。なら仕方ないな」


 結局、レーガンは目当ての煮付けを食べられずに食事を終えた。

 代金を支払う際、レーガンはがっくりとうなだれていた。

 宿に帰っても気落ちしたままで、その背には哀しさが感じられる。


 自分の無知を恨むレーガンだったが、過ぎた時は巻き戻すことは出来ない。

 椅子に座って窓の外を物憂げに眺めるところは、やはり兄妹だからだろうか。

 そこに、セレスがやってくる。


「レーガン」

「なんだ?」


 レーガンはセレスの方を向いて、目を見開く。

 そこにはカルナスの煮付けがあったからだ。


「な、なんで煮付けが……」

「料亭で、レーガンだけ食べられなかっただろう? だから、私が作ったんだ」


 セレスはテーブルに煮付けを置き、フォークを手渡す。

 ナイフが無いのは、テーブルマナーを気にしなくてもいいという気遣いだった。


 セレスには、レーガンが腹を壊したということが嘘だと分かっていた。

 流石に近衛騎士団長の権限を使ってテーブルマナーを無視させるわけにもいかない。

 そのため、市場でカルナスを買い、宿屋の厨房を借りて煮付けを作ったのだ。


「料亭と比べると、素材も私の腕も劣るが……これで良ければ、食べてくれ」

「セレスっ!」


 レーガンは感激したように勢い良く立ち上がり、セレスの手を取る。

 心の底から喜んでいることが分かり、セレスも安堵した様子だった。


「……ほら、レーガン。早く食べないと、折角の煮付けが冷めてしまう」

「お、おう。そうだな」


 気恥ずかしくなったのか、レーガンはセレスの手を離して席に着く。

 セレスも自分の手を見つめ、頬を朱に染めて視線を逸らした。


 白波亭の御馳走に負けずとも劣らない出来栄え。

 甘辛い煮汁の香りが食欲を掻き立てる。

 レーガンはフォークを手に取ると、カルナスの煮付けを豪快に頬張る。


「ああ、うめぇ。これなら、料亭にだって負けねぇ。最高だ!」

「喜んでくれたなら何よりだ」


 レーガンが美味しそうに煮付けを食べる様子を、セレスは嬉しそうに眺めていた。

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