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間話 塊剣(3)

 地下区画に立ち入ると、途端に死臭が漂ってきた。

 それだけならば、戦場で幾度となく凄惨な光景を目にしてきたガルムには耐えられるものだ。

 スラムでの生活を思えば、まだマシな方だった。


 だが、ガルムの嗅覚は絶望の臭いを嗅ぎ取っていた。

 壁に磔にされた少女たち。

 その表情は絶望に満ちており、それがガルムの心を無性に掻き乱す。


「哀れだと思いますか?」

「まさか。寧ろ、鬱陶しいくらいだ」


 縋るような視線を向けられても憐憫の情は浮かばない。

 ガルムの心に湧き上がるのは弱者への侮蔑のみ。

 許されるなら、この場にいる少女を皆殺しにしたいくらいだった。


 血のこびり付いた石床は不快な音を響かせていた。

 歩みを進めるほどに、ガルムは帝国の真実を知ることになる。

 山積みにされた魔核を用い、非道な実験が行われていた。


 魔導兵装や生体人形。

 怪しげな術式。

 他にも様々なものがあったが、ガルムの理解の及ばないものばかりだった。


 そして、ガルムの視線は一人の少女に向けられる。

 石造りの台座に横たえられた少女の顔に、ガルムは目を見開く。


「おい、あれって――」

「ただの生体人形です。気になさらないようお願いします」

「……そうかよ」


 レイナに言われ、ガルムは少女から視線を外す。

 詮索するべきではないと、自身の直感が理解していた。

 故に、ガルムはそれ以上触れることはしない。


 それからしばらく歩き、やがて彼の前に大きな扉が現れた。

 帝都の城にある謁見の間にも立派な扉はあるが、大きさだけならばこちらの方が大きかった。

 なにより、その先にある気配が異常だった。


 大量の魔核を喰らったことで、ガルムはソレに気付けるだけの領域に至っている。

 額を汗が伝い、拳に力が入り、膝が嗤う。

 この先には、ガルムでさえ恐れるほどの相手がいるのだ。


 レイナは臆することなく扉を開ける。

 ガルムは彼女に続いて部屋に入り、そして驚愕する。

 そこには一人の男がいた。


「誰だ」


 問いかけるも、男は返事をしなかった。

 代わりに、値踏みでもするかのようにガルムを眺める。

 その視線が恐ろしく感じた。


 目の前の男は底が知れない。

 内に秘める魔力はラクサーシャに匹敵する。

 それだけならば、ガルムは恐れないだろう。


 異様な気配。

 そこにいるはずなのに気配はおぼろげだ。

 生気を感じさせない、霊とでも対峙しているかのような感覚。

 明らかに、この男は異常だった。


 そして、周囲を見回すとガルムの頭はさらに混乱する。

 男の傍らには、複数の人間が控えていた。


 ガーデン教の教皇ヴァンハート・レイド。

 ガルムと同じく指揮官である魔核術師エドナ・セラート。

 そして何故か、ラクサーシャと行動を共にしていたはずの修道女シスターベル・グラニアもいた。


 混乱するガルムだったが、少なくとも殺気は感じないことに安堵する。

 この面々を相手にすれば逃げることさえ敵わないだろう。


 レイナが一歩前に踏み出し、男に対して恭しく跪いた。


「アウロイ様。指揮官ガルム・ガレリアを連れて参りました」

「ご苦労」


 アウロイは軽く返事をすると、ガルムに歩み寄る。

 その瞳は何かおぞましいものを孕んでいた。

 ラクサーシャとは異なるが、アウロイもまた自分よりも格上の存在。

 見つめられ、指の一本さえ動かすことが叶わない。


「一先ずは合格をやろう。ガルム・ガレリア」

「何のことだ?」

「貴様の力になってやるということだ」


 不敵に嗤うアウロイに、ガルムは寒気を感じた。

 目の前の男は、己の内を見透かしている。

 そんな錯覚に囚われ、余計に相手の掌で踊ることになる。


「問おう。貴様の剣は、何の剣だ」


 あまりにも抽象的な問いだった。

 だが、ガルムはそれに答える言葉を知っていた。


「俺の剣は、血に飢えた狂刃だ。ラクサーシャの血を、この身に浴びる事を望んでいる」

「なればこそ力が要るだろう。貴様と奴とでは、あまりにも格が違いすぎる」


 捉え様によっては侮蔑とも取られかねない言葉。

 しかし、ガルムはそれが事実であることを知っている。

 噛み付くことはせず、次の言葉を待つ。


「……驚いた。存外に、理性的な面もあるようだな」


 ガルムの反応が予想外だったのか、アウロイは感心したように言う。

 そして、愉快そうに目を細めた。


「気に入った。貴様には役目を与えるに相応しいだけの器がある」

「役目だと?」

「なに、大したことではない。貴様は奴を……魔刀の反逆者を殺せばそれでいい」


 それだけならば何も変わらない。

 だが、ガルムは続く言葉を知っていた。

 そして、期待で昂ぶっていた。


「――貴様を生体人形にしてやろう。奴を殺せるだけの力に興味があるならば、俺の前に跪け」


 悪魔の囁きに、ガルムは嬉々として頷いた。

 悩む必要は無いのだ。

 ラクサーシャを殺せるならば、悪魔に魂を売ろうと構わない。

 どこまで堕ちようとも、殺してやりたかった。


 アウロイの前に跪き、頭を垂れる。

 事情を全て理解したわけではないが、そんなことは些細なことだ。

 ガルムにとって、重要なのはラクサーシャを殺すことのみ。

 伏せられた顔には狂気的な笑みが浮かんでいた。

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