間話 塊剣(2)
帝都にある自宅にて、ガルムは酒を飲んでいた。
酒の肴は竜の肉。
以前、エドナがリオノス山脈へ竜狩りに行ったときの肉を干したものだ。
指先に炎を灯し、肉の焼けていく様を眺める。
体中を駆け巡る膨大な魔力。
その制御の一環として、ガルムは魔法を使うようにしていた。
肉の焼ける香ばしさ。
喰らい付いたら、どれだけの悦に浸れるだろうか。
竜種といえば、万物の頂点に君臨する生物である。
太刀打ちできる人間などそう多くはないだろう。
限られた人間でしか味わえない極上の味。
贅の極みとも言うべき強者の歓楽。
それを前にしても、ガルムの心は晴れなかった。
頭から敗北の光景が離れない。
獣人の集落を襲い、魔核を喰らった。
魔力はラクサーシャに匹敵するほど高まり、身体能力も向上した。
今の彼は、能力面では劣らないはずだった。
だというのに、ラクサーシャはガルムを上回った。
魔力量では劣っていたが、今回ばかりは言い訳も出来ない。
地力で対等な状態だったのだから、あとは技量面で上回るほかなかった。
だが、ガルムの体は膨大な魔力に耐えられなかった。
そもそも、それを扱うだけの鍛錬を積んでいないのだから、当然の結果と言えるだろう。
鍛錬も無しに得た力では、ラクサーシャに勝ちようが無い。
ガルムは酒を一気に飲み干し、杯を放った。
竜の肉は、気づけば黒々と焦げていた。
喰らってみれば、案の定、口内を苦味が満たした。
分かっているのだ。
この程度で越えられる相手ではないのだと。
生まれ持った才があまりにも違いすぎる。
そして、生き様も。
ラクサーシャは高潔な男だ。
ガルムは騎士としての在り方には興味無かったが、ラクサーシャの在り方には興味があった。
それを真似れば、自分もその領域へ至れる気がしたからだ。
ラクサーシャの傍らで、ガルムは貪欲に在り方を呑み込んでいった。
彼のように国に忠誠を誓い、騎士として尽くしてきた。
己の全てを捧げる覚悟で剣を振るってきた。
そして、気付けば指揮官の地位にまで上り詰めたのだった。
だが、ガルムがラクサーシャを上回ることは無かった。
どれだけ鍛錬を積んでも、自力ではその領域に至れない。
その事実が、ガルムの矜持を打ち砕いた。
獣人の魔核を喰らったのもそのせいだった。
自力で敵わなくても関係ない。
要は、勝てればいいのだ。
それが、ガルムの導き出した答えだった。
今のガルムは、間違い無く天涯の領域にいるだろう。
人の身では決して至れぬはずの領域。
魔導兵装と獣人の魔核による強化によって、ガルムは既に人外となっていた。
人の形をした、戦闘狂いの化け物。
勝つためなら全てを捧げられる。
悪魔との取引だろうと、ガルムは笑って応じるだろう。
そろそろ寝ようかと考えたガルムだったが、部屋の扉がノックされた。
部屋の外に感じる気配は見知った相手だった。
「失礼します」
「こんな時間に何の用だ? 生憎、俺はもう寝るとこだ」
「深夜に男女が二人きり。聞くだけ無粋かと思いますが」
冗談めかした口調で、しかし表情を少しも変えずに補佐官レイナ・アーティスは言う。
普段は追い払うところだったが、ガルムはふと気になることを思い出す。
「おお、丁度良い。レイナ。その鎧を脱いでみろ」
「……ガルム指揮官? ああ、酔っているのですか」
「いいから脱げって。冗談言ってる場合じゃねぇんだ」
ガルムの声色は至って真剣だった。
レイナは恥らう素振りを見せることも無く、あっさりと鎧を脱ぎ去った。
下着姿になった彼女の体にガルムの視線が向けられる。
「おい、アレを見せろ」
「アレと言われても、何のことか分かりかねますが」
「術式だ。お前、体に術式を刻んでいただろ」
レイナはからかい甲斐が無いと肩を落とす。
そして、体に魔力を巡らせた。
艶やかな絹のような肌に蒼い光が走る。
浮かび上がる術式を、ガルムは興味深そうに見つめていた。
「おい、レイナ。こいつはどうなってんだ? 人体に術式を刻むなんて、俺は聞いたことねぇぞ」
「私の体に、興味があるんですか?」
「お前も本当に面倒だな」
呆れた様に呟くガルムに、レイナはやれやれと首を振った。
「ガルム指揮官。貴方に会わせたい人がいます。いえ、会っていただきます」
「……そいつは誰だ?」
「会えば分かる、といっておきましょうか。この体について興味があるなら、きっと期待に応えられるかと」
レイナは鎧を着け直すと、部屋の扉に手を掛けた。
そして、ガルムに振り返る。
「ああ、一つだけ忠告を。あの方の前では、くれぐれも粗相をなさらないようにお願いします」
「どんな奴だか知らねぇが、会ってやる」
ガルムは椅子から立ち上がると、レイナに案内されて移動する。
案内されたのは、殆どの者が立ち入りを許されない地下区画。
地下へと続く階段を前にして、ガルムの直感が危険だと告げていた。