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94話 楽園の崩落

 リアーネの目が細められる。

 突如として壇上に降り立った乱入者。

 その気配は自身と同格。


 だが、リアーネは本能的に勝てない事を悟っていた。

 目の前にいる男の気迫。

 どこから溢れ出てくるのか、強烈な殺気を隠すこともしない。

 その視線に恐怖さえ感じるほどだ。


 しかしよく見れば、目の前の男はかなり消耗していた。

 枯渇寸前とまではいかずとも、魔力は底を突きかけている。

 先ほどの終焉の落日ハイル・フェーブスを弾いた時点で、戦闘は困難になっていた。


 故に、リアーネは嗤う。

 天涯たる者、常に余裕を持たねばならない。

 極めて優雅に、極めて苛烈に。

 笑みを浮かべるリアーネだったが、それもすぐに崩れ去る。


「――葬落焔ベグラーベン・パラディース


 蒼き炎が一帯を焼き尽くす。

 それは、死を齎す不死者の怒り。

 美しき聖地は、一瞬にして焦土と化した。


 セレスとエルシアは辺りを見回して驚いた様子だった。

 信仰者の波をもう抑えられないかと思った矢先の出来事だ。

 見れば、無事なのは自分たちとクロウの配下のみ。

 人智を超えた魔法の制御技術。

 それを齎した男が壇上に降り立つ。


「まさか、こうして生き永らえているとは」


 ロアは鋭い視線を向ける。

 怜悧な瞳の内に激情が揺らめいていた。

 拳に宿る蒼炎は憎悪の表れか。


 リアーネはその姿を認めるなり、即座に術式を描き始めた。

 限界まで簡略化された転移術式。

 だが、術式は発動しない。


「悪いな、聖女さん。逃がすわけにはいかないんだ」


 見れば、周囲を黒炎が取り巻いていた。

 それは魔を喰らう炎だ。

 術式が発動出来ないのは、リアーネの魔力が吸い取られていたからだった。


 リアーネは懐から短刀を取り出し、クロウに襲い掛かる。

 奇妙な力を持っているものの、他と比べればクロウの立ち振る舞いは凡人のそれである。

 故に排除出来ると踏んでいたが、それを阻む者が一人。


「させないの」


 漆黒の竜がリアーネの頭を鷲掴みにした。

 驚愕の声を上げる間も無く、リアーネの体は地に叩き付けられた。


 拘束から逃れようにも、力で敵う相手ではない。

 むしろ込められる力は徐々に増していた。

 シェラザードに押さえ付けられ、尚もリアーネは抵抗をやめない。


「全く、無駄だと分からないものか」


 しゃがみこんだロアがリアーネの顔を覗きこむ。

 屈辱に歪められた表情は、先ほどまでの美しさは皆無だった。

 額から血を垂れ流しつつも、挑発的な視線を返していた。


「無駄ではないわ。どうせ、この器はもう必要ないのだし」

「儀式を行えなければ、生き永らえることも出来ないだろう」

「構わないわ。元より、この私は魂の一部を削ったものに過ぎないのだから」


 くすくすと嗤うリアーネに、ロアが不快そうに眉を顰めた。

 それが面白いのか、リアーネは機嫌を良くする。


「別に殺されたって構わないのよ? アウロイが最高の器を用意してくれているもの。完成まで、もう少し現世の様子を見ていたかったけれど、必要なわけではないわ」

「……そうか」


 ロアはシェラザードに視線を向ける。


「慈悲は要らぬ。握り潰せ、竜乙女ドラゴンメイドよ」

「分かったの」


 リアーネを拘束する手に力が込められる。

 漆黒の巨大な手がリアーネの体に食い込んでいく。


「ぐ、こ、こんな殺し方をして、意味があると思っているの?」

「少なくとも、我らの気分が少しは晴れるだろう」


 不快な音と共に、リアーネのあばら骨が折れた。

 破片が肺に突き刺さったのか、口から大量の血を吐き出す。


「ぐぶっ……こんな、うぐっ、絶対にぃ、許さ、な……」


 シェラザードの手がリアーネを握り潰した。

 辺りに不快な水音が響く。

 多少は気分が晴れただろうか。

 分からなかったが、リアーネを殺すことは出来た。


 目の前で起きていることにレーガンは戸惑いを隠せない。

 ラクサーシャは分かる。

 クロウについても、道中でセレスから聞いていた。

 なら、残りの二人は何者か。


 首を傾げていると、ふと、小さな衝撃を感じた。

 視線を降ろせば、ミリアがレーガンに抱きついて泣いていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 自分のために命を張ってくれた兄への感謝と後ろめたさ。

 未来視のせいとはいえ、全てを諦めていた自分が情けなかった。

 泣きじゃくるミリアは年相応の少女だった。


「かまわねぇって。オレは、そんなことは気にしてねぇよ」


 そんなミリアを、レーガンは優しく抱きしめた。

 長い間背負ってきた使命。

 それを果たした気がした。


 顔を上げれば、セレスと視線が合った。

 見回せば、旅を共にしてきた仲間たちがいる。

 レーガンは仲間への感謝を噛み締め、涙を拭った。

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