秘戯?
伝説上の《希望の都エメロード》そこは深い霧と森に囲まれた何でも願いが叶う街。宝石のように美しい果実が実り、底まで見通せる程に透き通った水が湧き出る湖には瑠璃色の魚が泳ぐ。
中心に聳える黄金と水晶で造られた城にオーズなる大魔導師が棲まい、訪れし者の願い叶えん。
超状現象でこの世界へとやって来たドロッセルマイヤーことドロシーだが、実の所そんな与太話は全く信じていなかった。
何故ならエメロードに関しては老若男女問わず誰もがまるで判を押したように一字一句違う事無く語れるというのに、願いを叶えられた人間の事になると一切情報がないのだ。
この世界に電脳ネットワークなど無い。速度なら伝書鳩や早馬、拡散力なら吟遊詩人や伝令兵の街頭告知だ。誰か実体験した発信源が居なければならないのにその情報は皆無。
つまりは何らかの目的を以って意図的に流されている噂、簡単な例では不便な立地条件にあるまだ出来てもいない観光施設の宣伝だろう。
そもそも“何でも叶う”というのが怪しい。「俺の願いは叶え無くて良いから世界の全ての願いを叶えてくれ」なんて願われたらどうする気なのだと思う。
もっともそれは元々生活していた世界の“理”を基準に考えた場合だ。魔法なんてそれこそファンタジーな事が存在するこの世界には当て嵌まらないかもしれない。だが警戒はしておくべきだろう。
何せTSや男の娘が好きといっても自分がなりたかった訳じゃないし、女の子に生えたら“ふたなり”であって、男の娘では無い。そもそもこの世界には無い概念だろうから多少の意訳も仕方が無いが翻訳(通訳?)した神様は赤点必至だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ハァ……」
鋼の錬筋術師などという有り難くも無い二ツ名で呼ばれるブリックは自分の身体を見詰め大きな溜め息を吐いた。
若返ったのは良い、10代と20代では肌質に雲泥の差があり、化粧のノリも違う。だが問題はそこじゃない、正確には臍下7寸の…でも無く、逆に臍の上で鎖骨の下あたり。つまり胸、バスト、オッパイである。
「一応、Cは有ったんだぜ……なのにさぁ……」
日課にしていたトレーニングにこっそりバストアップ体操を盛り込み、垂れないようにクーパー靭帯も鍛えていたというのに……と若干(?)淋しくなった自分の胸部を見下ろし、また溜め息を吐く。何処の世界でも女性の悩みは変わら無いようだ。
チューブトップの衿を引っ張って覗いたり、鏡のように磨き上げられた大理石の前で身体を左右に捻ったり、前に屈んだりしているブリックの肩をポンと憐憫の眼差しで叩くアクロが居た。
「……大胸筋、オッパイ、じゃない?」
「ほほぅ〜、今度は自分が元々貧ヌーだって事を忘れたらしいな。ぁあ〜?」
ブリックの掌からバチバチッと紫電が迸り、アクロの周りに石や岩が地響きと共にまるで重力に逆らうように浮かび上がる。まさに一触即発の状態だ。
「…あ……ニャ…ニャニャ…ニャーーーーーーッ!!!!」
両者の不穏な空気を感じてどうにか執り成そうとするもただ単にパニクってしまっただけのライアは考えも無く突っ込んでいった。
ポミュン!
擬音にすればこんな感じだろう。ブリックとアクロの引き攣った顔が“ある肉球”に押し付けられた音である。
「や…止めるニャー!二人共そんなツマラナイ胸の事でケンカしちゃ駄目ニャーーーーッ!」
お気付きだろうか?今、物凄い燃料が投下された事に……。
「……ツマラナイ、胸?」
「悪かったな…、載せも挟めもしない乳でよーーーッ!!!!」
ターゲットは完全に入れ替わっていた。そもそもライアだけがたゆんたゆんなのだ。もとからAカップ程度だったアクロや、明らかにやり過ぎ感のある筋トレで脂肪燃焼させていたブリックと比べ、バランスの良い適度な食事と運動に加えて生来の健康優良(野生)児なライアは若返った年齢相応のしなやかで均整のとれた身体。余計なモノが生えてはいるが一番そそる身体なのだ。
彼(女)等は三つ巴て取っ組み合いをしている。端から見れば目もあてられない状況だが、ドロシーはチラリとチラリと見える太股の更にその奥にフックラという桃源郷を見出だしていた。
「クッフフフ〜。眼福、眼福デスよ〜!」
「ドロシー!テメェもパンツばっかり覗いてんじゃ無ェーーーッ!!」
「失礼な!布きれなんかに興味は無ェデスよ。フックラを気にして羞恥に悶える姿が良いんデスよ!!」
HENTAIだった。しかも幼女の姿で言い切るから余計にタチが悪い。更にその眼差しに迷いすら無いのだから始末に終えない。
そしてその穢れを極めた視線はある事実を見出だしてしまった。
「ブリック……、何でパンツラインが無いデスよ?」
しかもピチッとしたスパッツはフックラをクッキリと浮かび上がらせているので言い訳も利かない。
「…………」
「へ…HENTAIデスよーーーッ!?ミニスカで下着も着けずに幼女に見せ付けるHENTAIがいるデスよーーーーーッ!!!!!!」
「テメェだけには言われたく無ェーーーーーーーッ!!!!!!」
ブリックにとって遺憾の窮みだろう。HENTAIにHENTAI呼ばわりされたのだから。
「馬鹿にしないで欲しいデスよ!僕だって半端なフタナリより純正の可愛い男の子に無理矢理女装させて裾を押さえながらモジモジと身悶えするのが見たいんデスよ!!あんまりデスよ、理不尽デスよーーーッ!!!!!!」
逆ギレられた。あまりの理不尽さにアクロもライアも(・д・)な顔で固まっている。
「炎と雷の魔法使いブリックに決闘を申し込むデスよ!僕の電撃を喰らうが良いデスよ」
「ホゥ…アタシに勝負を挑もうなんざ一万と二千年早ぇって事教えてやんよ!」
こうして図らずもドロシーvsブリックという戦いが始まろうとしていた。戦いに先駆け、「古来紳士同士の決闘は申し込んだ相手が投げ付けた手袋を拾う事で成立したというデスよ。でも男の娘の場合は受けた方がスパッツを脱いで相手に投げ付けるデスよ」との言葉にマンマと乗せられ、お尻の半分まで降ろした所で「ンな訳あるかーーーッ!」と叫び、慌てて戻していた。
「…チッ、気付きやがったデスよ」
危ない、危ない…。危うくまともに戦闘が出来ない処か光の精霊だけで無く、下手をすれば倫理委員会という神の審判が降りかねない状況になりそうだった。
「覚悟はいいだろうな?小便チビッても知らねぇからな」
「我ニ迎撃ノ覚悟アリ。まさかのお漏らし属性とはトンだHENTAIデスよ」
凄まじい“気”のぶつかり合いで地面に亀裂が走る。当然、アクロとライアは近付く事も出来ないでいる、だって同類と思われたく無いから……。
「アタシが勝ったらテメェの願いの分はアタシが使わせて貰うぜ」
「クッフフフ…。僕が勝ったら○○で△▽な×××なのデスよ」
何故かドロシーが喋っている間に強風や獣の吠え声が混じりがちゃんと聴こえなかった。何か都合の悪い不適切な内容だったのだろうか…。
「死ぬんじゃ無ェぞ、オラァッ!」
宙に描き出された魔法陣から消火銃に似た火炎放射魔導器《滅戯弩's ファイヤー》を掴み取ると容赦無く紫電が迸る火球を連射する。
「……ブリック、本気?」
「うん、ちょっと箍が外れかけてるニャ…」
ブリックは狂戦士の資質があるらしく、口より先に手が出たり、切り込み隊長的な行動をするのもそれに起因するらしい。もっともそれだけでは無いのは本人が一番知っている事だが、自分から話さない以上、こちらは待つしかない。
そうこうしてる間にドロシーが作り上げた水壁は悪戯された障子のように所々穴が空いていた。あまりの高熱に水蒸気と化す前に紫電で原子分解されているようだ。
本来バトル物ならこの辺りで『説明しよう!』という謎の声が勝手に解説を始めたり、周りの人間が『ヌウ、あれが噂に聞く……』『知っているのか○○!?』とか『以前、老師にお聞きした事がある』とか盛り上げに一役買う場面が挿入されるのだが……。
「…………?」
「にゃニャ…」
言葉数の少ないアクロと語彙が少ないライアでは荷が重いだろう。精々が「な…何ィッ!?」とか「ば…馬鹿なッ!?」という驚き役……
「………?」
「……ニャ?」
も無理っぽいようだ。
そうこうしている間にドロシーの周りは抉られた地面や熔けかけた岩、炭化して小さな火を燻らせている樹木だらけで焦げ臭い匂いが充満し始めている。
「オラオラ、僕の電撃とやらはどうしたぁ!?」
射撃精度が粗い…。わざとか、疲労かは判らない。元々大雑把だった気もするがカウンターを当てようにも雑過ぎて逆に狙い撃ち辛い。
一度ブリックが「アタシは生粋の魔法使いじゃ無ぇからな…」と漏らした事があった。日課の筋トレも理由があっての事だろう。
数発撃つ毎に一度チャージせねばならない事を知っていたドロシーはそのチャージタイムでは無く、チャージ後の初発にタイミングを合わせて超圧縮した水弾を放った。怪我を負わせるのが目的じゃないからね。
バシュッ!っとブリックが撃った火炎弾の中心で水弾が爆ぜる。そう水蒸気爆発だ。霧のように拡がる水煙で視界を奪われたのと反動でバランスを崩したブリックの足元に屈み込み、その脚を払う。
「し…シマッタッ!?」
武器を握ったままなので受け身をとれずに背中を強打するブリックの膝裏を抱え込み、持ち上げるように腰を浮かせる。そのままジャイアントスイングにでも持ち込もうというのだろうか?それは誰が見てもあまりに無謀だ。
「む…無理ニャ!筋肉は重いニャッ!」
「……ドロシーの倍、体重、ある?」
「無いわーーーッ!いくら何でもそんなに重い訳有るかーーーッ!」
ドロシーの体重は恐らく28kg程、倍は無くとも年齢同様1.8倍ならあるであろうブリックを抱え上げて振り回すなど10歳少女の筋力では到底不可能。だがドロシーは高らかにこう叫んだ。
「喰らうが良いデスよ。僕の電撃をーーーッ!!」
気合いを入れ過ぎたのだろうか、ドロシーの靴がスポーンと飛んでいく。が、そんな事などお構い無しに右足をある部分へと踏み降ろした。
「な…何ニャーーーッ!?」
「……あ、アレは?」
「必技!超悶絶C.Q.C!エレクトリカル・マッサーーーーージ!!」
ズガガガガ…とブリックの股間に宛てられた右足を激しくバイブレーションさせていく。
「テメェ、何し…アヒャヒャヒャ…ヒャウ?……や…止め……」
何かを感じ取ったのだろう。アクロとライアが蒼白な顔になり内股で股間を押さえながら腰を引いている。
諸兄達ならもうお分かりだろう。ドロシーが仕掛けた技は伝説の必殺技【電気あんま】である。
両足を拘束された不自由な状態で急所である股間を蹂躙される恐怖と止め処無く襲いくる震動という痛気持ちいい快楽。この相反する感覚は仕掛けられた者の精神を狂わせる。
腰から脳へと疾走する未知の刺激は本来とは異なる性を呼び起こし、愚直に反応を示し始める。
「や…止め…だ……駄目……」
「ウリャウリャ、どうしたデスよ?何か大っきくなってきたデスよ?!」
ドロシーの小さな足の指は弧を描くように曲げられており、ストンピングの上下運動だけでなく、前後へのスラッシュ行為も織り交ぜられた巧みな攻撃にさしものパワーファイターである筈のブリックも思うように力が入らず、ただ腰を逃がそうとくねらせるしか出来ない。しかも踵からは本来の性の空間の奥へとズンズンと間接的に衝撃を与えられているのだから尚更である。
…………これってもしかして、足○キじゃね?
「い…いや、止……も…もう…このま……じゃ」
「ウキャキャキャ…、サッサと逝くと良いデスよ。このままコンニチハするか、ベッチョベチョのカピカピになるがいいデスよーーーーーッ!!!!」
瞳孔が開き、目玉グルグルと渦巻きなドロシーと何か言葉遣いが女の子っぽくなってきた感じがする一杯イッパイのブリック。ツヤツヤな生地のスパッツが一部マット調になってきたのは気の所為だろうか。
「あっ…ああっ……アーーーッ!!!!」
「ラストスパートなのデスよぉぉぉ!」
ビクッビクッとエビ反ったブリックに最後の一踏みを加えようとした瞬間、ドロシーの後頭部に鈍痛が走る。
「そこまでニャ…」
「ハァ…ハァ…あ…危なかった……」
ブリックの乙女としての尊厳はギリギリの処で護られたようだ。
次回更新は調子と気分次第で…