いざ、エメロードへ!
あまり深く考えずにお読みください
「クッフフフ〜。我が家へようこそ、可愛い姫君。さぁ、遠慮無く座り給え。此処は君の為の場所だよ」
齢10と7歳。これが彼の人生=喪歴だった。何故、これまで彼がボッチだったか……。それは彼の拗れた性癖に因るものだった。
彼が姫君と呼んだモノは人ですらない。数百枚もの折り重なった手の平サイズの紙の束、そうライトノベルと呼ばれる文庫本だ。
彼は本日購入したばかりの作品が傷付かないようにカバーをして本棚に置いたのだ。しかも色褪せしないように蛍光灯にフィルムまで被せている拘りようだ。
どの表紙にも可愛らしいイラストが若干際どい構図で描かれている。ギリギリ見えるか見えないかの境まで捲くれたスカート、これからの活躍にご期待くださいと訴えるチッパイにくびれのないウエスト。どう頑張っても大人料金を受けとって貰え無さそうな外見ばかりである。
だが彼の名誉の為に在らぬ疑いを懸けられぬようこれだけは明言しておかねばなるまい。
彼はロリコンでは無い。ましてやペド何て以っての外である。
では、何か……?彼が拗らせた性癖、それはTSや男の娘系。つまり、一見美少女でありながら誰一人まともな女子がいないという事である。
壁のポスターもノートPCやスマホのゲームや壁紙も、ありとあらゆる全てが二次元の男の娘だらけだった。
そもそもの原因は幼少の砌、園のお遊戯会で当初お姫様役に決まっていた女の子がおたふく風邪にかかってしまい、当日お休みをする事になってしまったのだ。代役を立てようとするも、今度こそ憧れのお姫様にと女の子達が騒ぎ立ててしまい、もし選ばれた女子がイジメに遭う問題……危険性を考慮した先生達が急遽、立ってるだけの地味な森の木役だった“彼”を抜擢してしまったのだ。
訳も分からずポカ〜ン(・д・)とする彼の服を脱がせてヒラヒラなドレスを着させて、軽くウェーブのかかったウィッグを被せ、悪ノリした若い先生が技術総動員でフルメイキャップしたその変わり果てた自分の姿を鏡で見た瞬間、何かが芽生えてしまったらしい。
羞恥に頬を染めてモジモジする自分自身と、それを嫉妬と蔑みの攻撃的な視線で睨めつける女子達。継母達からのイジメのシーンも感情を乗せたセリフと演技は迫真を極めたが、出席した父兄もその声からお姫様役が男子である事と自分の子供がされている訳じゃないから良いや……という感覚で観覧していた。
勿論、お遊戯会が終わったからとてイジメまでもが終わる訳では無い。女子は陰湿に執拗に根深く根に持っていた。
それは小・中学校と上がっても変わり無く、むしろ他校から入って来た生徒も巻き込んで膨らんでいった。
ただ、幸か不幸か本人が女子に全〜く興味を示さなかった為、自分がイジメられている事にすら気付いていなかったのだが……。
そんな日々も早、十数年が過ぎた今日。憐れんだ神の慈悲か、悪魔の悪戯か、何れにせよ彼の人生に大きなターニングポイントが傍迷惑にも突き付けられた。
低い唸りと共に大地が揺れ、自分の背丈よりも高い本棚が倒れ込み、みっちりと並べられた本が彼目掛けて一斉に雪崩落ちてきたのだ。
彼が最期に見たモノ、それは愛しの姫君達が自分の胸に飛び込んで来る至高の幻想だったに違いない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……め……起き…」
(……ん?……何だ?)
「…目を覚……姫…」
(…煩いなぁ……静かにしてよぉ)
『いい加減、起きんかーーーーッ!!ドロッセルマイヤーーーーーーッ!!!!!!』
ガゴッ!
「ッ痛ァーーーッ!!!!何するデスかーーーーッ!!??」
頭頂部に走る激痛を覚え彼……いや、彼女は目覚めた。名前はドロッセルマイヤー、通称:姫またはドロシーとして。
「ハァ…相変わらず寝ぼけボケだニャア〜」
「……旅の目的、忘れる、駄目?」
「貴方にだけは言われたく無いデスよ。アクロ」
では、まずは簡単にパーティーメンバーの紹介をしてみよう。
ドロッセルマイヤー(ドロシー)
ちょっとした事故でこのオーズワルドに転生させられた元少年。精神はそのままに女体化してしまい、「僕がなりたい訳じゃないんだけどなぁ〜」と考えている。属性は水で田舎娘っぽいカジュアルな服装。
ブリック
オーズワルドの炎と雷の魔法少女(?)。口より先に手が“出ている”タイプで、空気が読めなかったりと言動ともに野蛮で粗野。ドロシーに関わった所為で、ある悩みを抱えている。《別名:鋼の錬“筋”術師》
アクロ
オーズワルドの大地の魔法少女。魔力そのものはメンバー中最大級なのだが、3歩進むと記憶の一部が欠ける為、地法(痴呆)使いと揶揄されている。《別名:忘却の女王》
ライア
オーズワルドの獣人少女。風を操る魔法を使う。常にドロシーの傍に居て、気まぐれであまり物事を深く考えない性格。勇猛なる獅子の一族の次期族長候補なのだが……。《別名:ガクブル大帝》
と、いった感じではあるが、それぞれがそれぞれの目的を持って旅をしていた途中で出逢ったドロシーから貰ったお菓子を食べてしまった為に……。
「オラ、起きたならさっさと行くぞ」
「……イク……何処へ?」
「願いが叶う都“エメロード”ニャ!もう忘れたニャ?」
ちなみに誰も噂を聞いただけで目的地であるエメロードの場所を知らなかった為にこうして旅をしながら情報を集めて廻っているのだった。
彼らにはそれぞれの事情があ……?うん、その通りだよ。皆まで言うなや、恥ずかしいから。
「ああもう、そのやり取り何回目デスよッ!?」
「ウヒャアッ!?」
「…………ッ!?」
「ニャニャアッ!?」
ドロシーの身体がグンッと沈んだと同時にブリック達の裾が勢い良く捲くれ上がり、神秘の封印が解き放たれる。
ブリックは黒のショートスパッツ、アクロはショート丈の白いドロワーズ、ライアは白とオレンジのボーダー柄。しかし何れもある“部分”がフックラさんだった。
「クッフフフ…、桃源郷デスよ〜」
ドロシーはだらし無い程に破顔して、鼻血と涎が垂れている。
「テメェーッ!元々は男だろ?こんなん見て愉しいのかよ!?」
「……斜め上、HENTAI過ぎ、清々しい」
「ニャハハ、ドロ姫変な顔〜w」
そう、ドロシーが元の世界から持ち込んだお菓子は呪われアイテムか、オーズワルドの人間の体質に合わなかったのかで3人の魔法少女達に余計なモノが生えてしまったのだった。
「至福デスッ!」
「殺スッ!切り刻んでやるぅーーーッ!!!!!!」
まぁこれも彼等にとっては日常の一コマに過ぎない。ドロシーのセクハラに激昂するブリックを押し止めるアクロとライア。空間に描かれた魔法陣から何かを取り出そうとする腕を必死に押さえ付けている。
「……ニャッ!?」
そんな最中ライアの耳がピクピクと動き、何かを捉えると途端に挙動不審に為り始める。
「……お客さん、来た?」
「ケッ、運が良いのか、悪いのか。八つ当たりさせて貰うぜ!」
「はにゃにゃにゃ……」
ワキワキと指を鳴らすブリックに面倒臭げに腕を掲げるアクロ。そして慌てドロシーのスカートの中に隠れるライア……。ドロシーは溜め息一つ吐くと檄を飛ばした。
「各自フォーメーションCにて…………アタックッ!!」
待ってました!とばかりに駆け出して宙に魔法陣を描き、その中から自分の得意武器を取り出そうとしたまさにその瞬間、アクロが……。
「……何故、腕を突き出してる、私?」
「だ か ら 固定砲台役が動いてんじゃ無ぇよ!このカボチャ頭ーーーッ!!!!」
どうやらポジショニングしようと3歩以上歩いてしまい、今が戦闘中だという事を忘れてしまったらしい。
「いいから、サッサとやっつけろ!」
「……了解?」
こうしている間にも地面からは“性根の腐ったイタい屍体”やら“賠償ガー・ゴイル”などが大量に湧き始めている。どいつもコイツも細くて釣り上がった目や角張った顎をしていて、何やら訳の分からない言葉を喚き散らしていて、ハッキリ言って気持ち悪い。
しかもよく見れば“パクリ・パペット”まで居る。コイツはスキルに《猿真似》を持っていて、敵のスキルを劣化コピーして我が物顔で使うから厄介だ。
もっともパペット(操り人形・傀儡)なので自分の意志を持たず、主人の言うまま行動を繰り返すだけの低い知能しか持ち合わせていないが。
「……お手々の、シワとシワを合わせて、“死合わせ”?」
アクロが呪文を唱えると大地から掌の様な壁が競り上がり、まるで蚊を殺すようにモンスターを叩き潰した。当然だが挟まれたモンスターは……。
「…………」
「開けんな!覗か無くていいから片付けろッ!」
「……意地悪?」
「どうなったか愉しみにしてたのに…」、と言いたげに口を尖らすアクロは渋々サンドした壁を大地へと還した。
しかし、イチイチ持ち場を離れてツッコミ(物理)に行くブリックもどうなのだろう……。
「さて…アタシも派手にイクぜッ!」
ブリックが腰の辺りで拳を振ると『Fire ON!』という電子音っぽい作動音と共に背中にプロペラントタンクのような物が現れ、そこから続くホースは手に握られた消火銃に酷似した物へと接続されている。
キュウン…キュウン…。集束音が鳴ると「ファイヤーーーッ!!!!」というブリックの叫びと共に紫電を放つ超高温のプラズマ火球が撃ち出された。平成巨大亀でも魔晶化したのだろうか?
次々と黒焦げの炭と化し、崩れ去っていく。途中「NnnnnnniiiiiiiiDaaaaaaaaーーー!!」とか叫び声が聴こえたが気にし無くて良いだろう。どうせ“屍体”か“生命体”かの違いだけで“性根の腐った”のは同じだし〜〜〜。
「ヒャアーーッハーッ!汚物はsy………痛ェッ!?」
「ハイ、ストーーーップ!!!!」
トリガー・ハッピーに為り始めたブリック目掛けて石飛礫の教育的指導、そろそろ危ない。
「痛いって!アタシに向ける余裕があるならちっとは手伝え!」
「だってさぁ〜」と不満げに口を尖らせて裾をススス…と持ち上げた。そこにはドロシーの両脚を抱え込んでプルプル震えているライアが居た。
「……ハァ、ヤレヤレ?」
「またかよぉ?索敵にしか役立たない奴だな。…ったく」
「ニャって…ニャってぇ〜。それにドロシーのいい匂いがして落ち着くのニャ…」
涙を滲ませて訴えるライア。いくら獣人とはいえ、そんな場所の匂いに安らぎを求められても困るのだが。しかも更に抱き締める力を強めるので危うくバランスを崩しそうになってしまう。
「石をぶつけるなら、せめて補助魔法くらい使えよ!」
「……そんなに、落ち着くなら、パンツでも被って、戦うといい、ドロシーの?」
まさに天啓を得たと言わんばかりに瞳を輝かせ、嬉々と下着の結び目に手を掛けるライアが見上げて知ったもの。それはドロシーの至上の微笑みから溢れ出す無言の“恐怖”。形無きプレッシャーに一瞬で周りの空気を奪い去られたように口をパクパクさせ、顔色は蒼白を超えて生気の無い蝋人形のようだった。
弓形に細められた目からは「どんな目に遭うか解ってるdeathよね…」という“死刑宣告”が発せられている。最早いつもの“デス”では無く“death”だった。
「ゴォラーーッ!お前まで畏縮させてどうすんだよ!!」
そんな馬鹿なやり取りをしている間にも進群はされ、エリア魔法では巻き添いを食うおそれさえ出てきた。
「ちゃんと手伝えよ、ドロシーッ!!」
「…ハイ、ハイ」
「宿りたるは天地を貫く正義の雷、我が元に現れよ聖なる刃!EX刈刃ーーーッ!!!!!!」
天空に掻き曇る暗雲から大地を穿つ雷撃が迸り、その巨大な柱から一振りの剣が現れる。その持ち手を掴むとブウンと掲げるように振り上げた。
――ドロシーは思う。聖剣はあんなに悍ましい姿をしていないし、ましてやギュイイイイインと唸りを上げて小さな刃が回転する事も無い。聖剣 EX刈刃の姿はまさに猟奇殺人の定番、チェンソーそのものだった。
最早見慣れた光景なので嬉々としてモンスターを切り刻むブリックが肉片と血飛沫に染まっていこうとツッコミを入れる気にもなれないので自分の役目を果たす事にした。
ドロシーが呪文を唱え、腕を薙ぐと小さな水滴がモンスター目掛けて飛んでいく。
触れた瞬間、水滴はその全身を飲み込む程に巨大化し、憐れモンスターは藻掻き苦しみながら遂に溺れ死に、体内に取り込んだ者は内側から爆ぜて四散した。
もう直視するのも躊躇われる程に凄惨な地獄絵図が展開されているのだった。
次回更新は筆者の体調と気分次第ですm(__)m