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涙のわけ

作者: えみ姉

数年前に書いた小説をちょこちょこ手直ししたものです。

拙い文章ですみません。

誤字脱字ありましたらご指摘お願いします。

知っていた、はずだった。

この世界に希望なんてないことを。



分かっていた、はずだった。

この世界で希望を持っても無駄だということを。



理解していた、はずだった。

この世界では希望はなくなるものだということを。




それなのに期待してしまった。希望を持ってしまった。

もう二度と、あんな思いは、ごめんなのに。





人を好きになったことがあった。

とてもとても綺麗な人だった。


みすぼらしい私を、みじめな私を、綺麗だと言って笑ってくれた。

泣きそうになると現れて、慰めてくれた。君の涙は宝石のように美しいとさえ言ってくれた。

お義姉さまに苛められた日も、お継母さまに辛く当たられた日も、傍にいてくれた。励ましてくれた。


私にとって唯一の王子さまだった。



でも、私は、彼の唯一のお姫さまにはなれなかった。




彼の周りにはいつも綺麗な人がいた。可憐な人がいた。美しい人がいた。

彼は全ての人を平等に、大切に扱った。

それは誰のことも大切にしていないのと同じだったけれど、皆が勘違いをし、意気込んだ。

自分が彼の一番になるのだと。


私もそうだった。



それまで実母を亡くし継母と義姉に冷たくされてきた私には、勘違いさせるには十分だった。

それでも最初はわかっていた。身の程知らずだと。叶わない恋だと。





だんだんおかしくなっていった。

彼のそばに女性がいることが許せなかった。他の人にその眼差しを向けて欲しくなかった。

私だけを見て欲しかった。私だけに笑いかけてほしかった。私だけのそばにいて欲しかった。


それはあまりにも身の丈に余りすぎる願いだった。



彼と会う時は、彼をなじってしまわないように自分を抑えるのに必死だった。

彼に会うのが、苦痛になっていった。



おかしくなった私に気がついた彼は、私から離れていった。

私には彼だけだけれど、彼には私だけではないから。


悲しかった。哀しかった。

でも、それでこのドロドロとした、制御できない気持ちが消えるならそれで良いと思った。




それなのに、この気持ちはいつまでも消えなくて。

時たま彼を見るたびに、彼が他の女性といるのを見るたびに、大きくなっていった。

諦めたいのに、諦めきれない。


苦しかった。もう逃げ出したかった。


だからこんなところまで来たのに。

もう終わらせようと思ったのに。

この世界は、まだ私を苦しめるの―――?







彼を吹っ切れない自分と、どうしたって彼の姿を見かけてしまう環境に嫌気がさして、深い森の奥まで来た。

綺麗な深い湖があると聞いていたから、そこに沈んでしまえば楽になると思った。



腰まで浸かったところで、誰かに引き上げられた。

私の腕をつかんで何かを言っている。


私には何も聞こえない。音は聞こえるのに、声になっていない。

けれど、私を止めようとしたのは分かった。

必死そうな、怒ったような表情をしていたから。




どうして止めるの?

どうして死なせてくれないの?


―――私はもう、楽になりたいのに。






気がついたら、その人の胸に額を押しつけて泣いていた。

もう辛いのだと。もうたくさんだと。大声をあげて泣いた。


その人は、ただ私の頭を優しくなでていてくれた。


しばらくして落ち着いた私に温かいお茶を出して、いつでも来て良いと言ってくれた。

今度はちゃんと、声が聞こえた。

湖の横には小屋があり、人が住んでいたらしい。






それから私は、休日はその人のところで過ごすようになった。

彼を見かけると辛いし、ドロドロとしたものが心中を渦巻くけれど、時たまの休日をその人のところで過ごしたあとは、穏やかな気持ちになれたから。


その人は聞き上手だった。

私の話したいことを言いやすいように話題を上手に操ってくれる。

言いたくないことは上手く避けて聞いてくれる。


その人は話し上手でもあった。

私が聞きたいことを先回りして答えてくれる。

私が楽しめる話題を持ってきては笑わせてくれる。




私は徐々に元の自分を取り戻していった。






そんな私は、彼にもう大丈夫だと思われたらしい。

以前のように、何でもないかのように近づいて、ほほ笑みかけてくる彼。


嬉しくないと言ったら嘘になる。

幸せじゃないと言ったら嘘になる。

けれど何よりも、またドロドロとした感情が胸を占めそうで怖かった。


それなのに、私に彼を拒む勇気はなかった。





こうして私は繰り返す。

休日に会いに来てくれる彼を待つために、湖畔の小屋へは滅多に行かなくなった。


彼は頻繁に会いに来てくれた。

それでも私は彼が別の女性と一緒にいるのを、何度も、何度も見かけた。


大丈夫、大丈夫と言い聞かせて彼を待つ日々は、以前と違って苦しみが大きかった。

継母や義姉に冷たくされる日々が、以前よりも堪えられなくなった。

どうやら私は弱くなったみたいだ。



愛は人を強くするなんて言うけれど、嘘なのね。

それとも、私の彼への思いが嘘なのかしら。






しばらくすると、彼の足も遠のいていった。

従順になった女に男は飽きる。そんな言葉がふと脳裏をよぎるくらいに、典型的だと思った。

それと比例するかのように、彼がほかの女性を連れている姿を目にする機会も多くなった。


私は彼をなじり、彼はとうとう私を突き放した。





心のどこかでこうなることは分かっていた。あるいは、こうなりたかったのかもしれない。

また自分を止められなかったと自嘲していたら、誰かに名前を呼ばれた。


久しく聞いていなかった懐かしい声。

振り向くと、そこには湖畔の小屋の人がいた。


あたりを見渡すと、目の前には湖が広がっていた。

無意識のうちにここに来ていたみたいだった。



その人に、ふられてしまったと言う。また繰り返してしまったと。

そう言ったのに、私は思ったより悲しんでいない自分に気がついた。そんな自分が悲しくて、涙が出てきた。



それきり黙って泣く私に、その人は囁いた。

確かに君の涙は宝石のように美しいけれど、君の涙は宝石にはならない、と。



その人は私の頭を優しくなでながら囁く。

見る目のない馬鹿なんて放っておいて、私のところにおいで、と。





私はどう答えるのだろう。


先程から、泣いているのに心はすごく穏やかだった。

それはあの人に会って、あの人の瞳に見つめられているからで。




きっと、その理由は―――――――



ふと思い返してみると。

私はもしかしたら、「王子さまを待つお姫さま」という自分が好きだったのかもしれない。

もう随分昔のことだけれど――



―――――――

きっと数年後には、彼女はそう思っていることでしょう。

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