おとしもの
「空が落ちてくるみたいだ」
隣で寝転んでいる君が言う。
河川敷の土手は涼しい風が吹いていて、君の軽やかな高音が耳から脳をくすぐる。このまま眠ってしまえば、空に落ちていけるのかもしれなかった。
だけど、そうはならなかった。
ふいに君が体を起こし僕の顔を覗き込んだから。心臓が言う事をきかない。君の笑顔は僕をもっと遠くまで運んで行こうというのだろうか。君の向こうの澄みきった青へ視線を逃がす。そうしないといけなかった。
「ね、空が落ちてきたら、私達はどうなってしまうんだろうね」
質問は酷く抽象的に聞こえた。
視線を戻せば、君の瞳が落ちてくる。空と、どちらに潰されるのが良いかと聞かれたのなら、間違いなくこっちだと答えられたはずだ。
「溺れちゃうんじゃないかな?」
君の瞳に。なんて、口が裂けても言えないけれど。
僕の答えはお気に召さなかったのか、君は不満そうに唇を尖らせる。そしてそのまま顔を近づけるから、僕はもう、逃げられるはずも無かった。抗うように目を見開いた僕に、鐘が鳴る。何かが始まるのだろうか。
「そしたら、助けてくださいね」
さっきより間近で鳴らされた高音に、僕の脳はくらりと揺れた。
そして落とされる。唇。
落ちていく。落ちていく。落ちていく。落ちていく。落ちていく。落ちていく。落ちていく。落ちていく。落ちていく。僕は、落ちていく。落ちていく。落ちていく。落ちていく。落ちていく。落ちていく。落ちていく。落ちていく。落ちていく。落ちていく。僕は、落ちていく。君に――。
助けて欲しいのは僕の方だよ。