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第14話


「なにしてんのよ」


 足を止めたエドを振り返り怪訝な声を投げかけるサラ。

 エドが目を向けているのは教会に見えた。


「教会に何の用があるのよ」

「そんな所に用なんかあるかよ。その隣り」

「隣り?」


 そこには図書館がある。


「余計エドには縁がないでしょ?」

「うるさいな。あいにく用があるんだよ」

「用って……何よ?」

「なんでもいいだろ。俺は寄っていくからさっさと帰れよ」

「え? ちょ、ちょっと」


 自分を置いて図書館に入っていくエドを呆気にとられて見つめていたサラ。だが、両開きの扉の向こう側に消えたあたりで我に返ると慌ててその後を追う。


「ちょっと待ってよ」

「静かにしろよ。怒られるぞ」


 数日前に借りた本を革鞄より取り出してカウンターに置く。


「寝てるわよ」

「寝てるな」


 司書を起こさぬようにそっとその脇に本を置く。


「……返却の手続きとかいいの?」

「安眠の邪魔するのも悪いだろ?」

「自分の同類には寛容なのね」

「ほっといてくれ」


 うざったそうに手をふる。


「だいたいなんでついてきたんだよ」

「なんでって……そりゃ……気になって……」


 小さな声でごにょごにょと呟くがエドは聞いていない。

 サラはむっとしたが、エドが足を止めた場所を見て疑わしそうに目を細めた。


「何ここ?」

「みりゃ分かるだろ?」

「街の事なんて調べてどうするの?」

「色々とあるんだよ」


 その後もサラはしつこく追求してきたが、エドは相手にせず適当に本を物色していった。

 数冊まとめて手にとって適当にパラパラとめくっていく。

 捜す要領は借りた本を読んでいる内になんとなくコツが掴めた。

 だが、少々コツが分かったからといって圧倒的量の前には大した違いはないように思えてくる。



*---*



 しばらく二人は図書館で沈黙の時を過ごした。

 ……が、長くは続かなかった。


「で、何を調べてるの?」


 少し険のある声でサラが聞いた。

 エドがずっと調べ物に集中していたせいで内心かなりイラだっているようだ。

 腕を組んだまま、人差し指が不規則に二の腕を叩いている。


「何って、街の歴史」

「そうじゃなくて」

「じゃ、なんなんだよ」

「一口に街の歴史といっても色々あるでしょ?」


 覆い被さるように上から迫ってきて、エドは思わず本を閉じて身を縮めた。


「例えば、この街はどうして出来たのかとか、西門が閉鎖されてるのがいつからかとか」

「それは……」


 言い淀む。

 言えるわけがない。

 言えば、今まで以上にからかわれるのは目に見えている。

 ……いや、そうじゃない。

 それも確かにいやだったが、そうじゃなかった場合の方がより悪い。

 シルルの存在が街の大人達に知れ渡ったらどうなるのか?

 エドには想像出来ない。

 もしかしたら、考えすぎであっさり彼女が街に受け入れられる事もあるかも知れないがそうなるとは限らない。

 だからこそ彼女はずっとあの森で一人っきりだったのだから。


「お前には関係ないだろ」


 ぷいっと顔を背ける事しか出来なかった。

 だが、それは明らかに失敗だった。

 目に見えてサラの表情が不機嫌になる。

 しまったと思った時にはどうしようもなかった。


「何よそれっ」

「わっ、馬鹿っ、つかみかかるなっ」

「私をいったいなんだと思ってるのよっ」

「ちょ、離せって、本が破れるっ」

「この前から私を避けてるのかなって思ってたら、今度は無視? いい加減にしてよっ」

「そっちこそ、いい加減にしろっ。なんなんだよ、お前。訳分からないぞっ」


 始めは軽くあしらっていたエドだが、しつこく絡んでくるのでだんだんと言葉にも手にも力がこもる。


「だからっ、いい加減にしろっ」

「きゃっ」

「……え?」


 軽く突き放したつもりだった。

 だが、無意識にこもった力は突き放すではなく突き飛ばす結果となり、サラの細い体は真後ろの本棚に叩きつけられた。


「痛っ……」

「お、おい。大丈夫か!?」


 一気に頭が冷えた。

 彼女は頭を打ったのか、何度も頭を振っては額を押さえている。

 心配になって手を伸ばそうとする。

 そして、気付いた。

 本棚の最上段の本がぐらぐら揺れているのを。


「危ないっ」


 咄嗟に体が動いたのと、分厚い本が舞い降りたのはほぼ同時だった。


「いやぁっ!」

「ッ!」


 咄嗟にサラと自分の頭を両手で庇った。

 固い背表紙が腕を直撃して痺れが走る。

 かなりの重さでこんなものがもし頭に当たったらと思うとぞっとする。

 幸い当たったのは一冊だけで他に落ちた本は二人の周囲に落下していた。


「大丈夫か? 当たってないよな?」

「う、うん。ありがとう……」


 ショックでそれまで怒っていた事も忘れて彼女は頷いた。


「立てるか?」

「うん」


 座り込んだままのサラにに手を差し出すと、彼女は素直にその手を受け取って立ち上がった。


「さて、と……」


 落ちた数冊の本をみて、エドはその本が元あった位置を確認する。

 高い。エドの身長より遙かに高い。


「こりゃ、踏み台借りて来ないとだめだよな」


 溜息をついて本を拾い上げる。

 ついでに何気なしに本のページをめくる。


「そうね、私達ではとどかないもの。でも、あの高さはよっぽど背が高い人じゃないと踏み台なしじゃとどかないと思うのだけど……エド、どうしたの?」


 怪訝な声。

 彼女は凍り付いたエドを見て首を傾げる。

 彼が釘付けになっている本を覗き見る。


「この本がどうかしたの?」


 それも結局は他の本と同じく、この街について書かれたものだ。

 開かれたページを流し読む。


「これがどうかしたの? 十何年か前に何か病気が流行した時の事でしょ?」

「……なんでだ?」

「なんの事?」

「なんで……魔女のせいなんだ?」

「え?」


 言われて彼女はもう一度、本の内容を確認する。

 そこにはかつてローカイズに流行した奇病についての事が書かれていた。


「だってこの病気って皮膚がどんどん腐っていく症状だったそうよ。それってあの話と一緒じゃないの。それに」

「それに?」

「なんでも魔女が呪いをかける所を見た人がいるんだって。お父様から聞いた事あるわ」

「……はずない」

「エド?」

「……なはずあるか」

「どうしたのよ、これがどうかしたの?」


 サラがエドの持つ本に手を伸ばした瞬間、勢いよい本が閉じられた。

 いや、エドが両手を本に叩きつけたと表現した方がより近いだろう。


「あいつがそんな事出来る訳ないだろっ」

「きゃっ」


 驚いてサラは一歩引いた。

 そして、恐る恐るといった風にエドの顔色を窺う。

 彼の表情は色を無くしていた。


「エ……ド?」

「そうだ……あいつのはずがない。だったら……」

「ね、ねぇエド。……あいつって?」


 エドは答えない。

 いや、応えない。

 サラの言葉はカケラも届いていない。

 閉じた本を痛む位に強く握りしめて、両手を震わせている。

 サラが躊躇しながらエドに向かって一歩踏み出した。

 それが引き金となったのだろうか?

 エドは弾かれたように駆けだした、サラに背を向けて。

 咄嗟にとるべき態度を決めかね、彼女が我に返った時にはエドの姿は図書館内にはなかった。


「なによ……なんなの。……なんなのよ、いったいっ」


 何事かと騒ぎに目を覚ました司書が駆けつけた事も気にせず、彼女は苛立たしげに手の平を本棚に何度も叩きつけた。





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