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第10話


「ねぇ、最近どうしたの?」


 眠そうに机に突っ伏しているエドの正面に回り込んでサラが聞いた。

 昼食を食べたばかりで天気も良く、正直このまま昼休みが終わるまで眠っていたかったが……。

 実際、気怠げに教室を見渡すと、死屍累々という表現が似合いそうな位に覇気無く潰れているものも少なくない。

 というか、エドに言わせるならなぜ学年の違うはずのサラがわざわざエドの教室にいるのか……だが。


「食ってすぐ寝ると牛になるぞ」


 サラの後ろにはあきれ顔のロックもいる。大柄な体格が周りの注目を集めるが本人は対して気にしていない。


「ほら、無視しないの」

「いてててててっ」


 耳を加減無し引っ張られて悲鳴を上げる。

 ロックは我関せずと止める気配がない。


「ほらっ」

「いてっ、いててっ。なんなんだよっ、いったいっ!」


 サラの手をようやく振りほどいて耳を押さえる。

 涙目で相手を見るが、彼女は腰に手を当てたまま少し不機嫌そうに睨み返してくる。

 助けを求めるようにロックを見るが、彼は肩を竦めて首を振る。

 普段ならともかく、サラが絡んだ時に限っては彼はいつもそういった態度をとる。


「なんだはないでしょ。最近、学校終わるとどっか消えるじゃない。いったいどこに行ってるのよ」

「……どこだっていいだろ」


 ぷいっと顔をそらすと途端にむっとして彼女はエドの耳を掴もうとする。

 慌てて、その手から逃れようと頭をそらす。


「ああ、もうっ。なんなんだよ、いったいっ」

「それはこっちの台詞よっ。グレイさんに聞いても何も知らないって言うし」

「げっ、お前、親父に聞いたのかっ!?」


 一瞬、言葉を失う。

 思い返せば、数日前。給仕の手伝いの間にいつもどこへ行ってるのか聞かれた覚えがある。

 その時は気にしていなかったのだが。

 シルルの元へ通うようになってから一月近く立つ。

 毎日通っているという訳ではないが、シルルの元へ行かない日も彼女の事が気になって、ずっとサラ達の誘いを断り続けている。

 学校が終わってからどこにいるか分からないという事が何度もあれば、親として不審にも思うだろう。


 やばいな……。


 心の中で頭を抱える。

 脳裏に浮かんだのは、父親の厳つい顔。

 魔女の森から帰った時に受けた折檻の数々を思い浮かべる。


 な、なんとか誤魔化さないと。


 冷や汗混じりに決意を固める。


「どこにいたっていいだろ? 俺の勝手じゃないかって、うぎゃっ!!」

「まぁ、そんな生意気な事を言うのはこの口かしら?」


 容赦なく頬をつまんで引っ張るサラ。

 さすがに見かねてロックが止めに入る。


「あんまりいじめるなよ、サラ」

「そうね。泣いたら困るものね」

「って、誰が泣くかっ!!」


 食ってかかるエドにしかし、サラは半眼で睨む。

 そのキツイ視線に何故かうっと詰まる。

 取りなすようにロックが割って入る。


「たいがいにしとけよ。まぁ、エドもそう邪険にするなよ。たまにいなくなるってんならまぁ分かるがな。さすがにずっととなると気にもなるさ。心配してんだよ、俺もサラも」

「私は心配してないわよ」


 髪を掻き上げながらサラが訂正する。

 その言いようにロックは苦笑している。

 しばらく、ふくれっ面でエドは黙っていたが渋々といった風に口を開いた。


「勉強」


 瞬間、教室中の時が止まったように静まった。

 弾かれたようにサラが外を確認する。

 快晴だった。

 数人が教室を飛び出していく。

 何やら一大事とか天変地異とか叫んでいるのは気のせいだろうか?


「ふむ」


 ロックのごつい手がエドの額に触れる。


「エド、ごめんね。まさかそんなに私が追い詰めてしまっていたなんて……。グレイさんになんて説明すらばいいのかしらっ。息子が狂ってしまったなんて。跡継ぎどうするのかしら」

「俺は正気で、ついでに熱もないっ!!!」


 真っ赤になって叫んでロックの手を引き剥がす。


「しかしな、エド。それは牛に対して豊穣の舞を踊れと言う位に無理があるぞ」

「いえ、カタツムリにヒョウと競争して勝てって位じゃないかしら」

「そこまで言うか……」


 容赦ない言葉にちょっとエドは傷ついた。

 確かにその場逃れの嘘ではあったのだが、少し思うところがあって勉強したい事があったのは事実なのだ。


「まぁ、なんでもいいが、たまには俺達にもつき合えよな」

「んー、まぁ……な」


 曖昧に言葉を濁す。

 正直に言うと気が乗らなかったのだが、あまり断ってばかりいて変に疑われたくなかったのだ。

 もし、森の奥に足を踏み入れているとロック達にばれたら。

 いや、それだけならまだしも両親を始めとした大人達にばれたら、もう二度とシルルには会えなくなってしまうかも知れない。


「そのうち、ね」


 胸のうちで諦め混じりの溜息をついて、そう返した。

 サラが不満そうに何か言おうとしたが、ロックが彼女の肩に手を置いてやれやれといった風に首を振る。

 その表情をキッと睨んだ後、こんどはエドの方へその視線を向けるがすぐにフンッとそっぽを向くと肩をいからせて出ていった。


「おっかないな」

「……ていうか本気でなんなんだよ、あいつ」

「俺に聞いてくれるな」


 二人はその表情こそ違え、同時に溜息をついた。



*---*



 慣れというものは万能なのだとエドは実感していた。

 森を通る度に鬱陶しいと思っていた頬を掠めていく葉や蔦もたいして気にならなくなっていたし、地面から時折突き出ている木の根や石に足をとられる事も無くなった。

 シルルの住まいへと通ずる道無き道も迷う事なく行ける。

 ただ、いま向かっているのはそっちではなく、主に彼女が薬を造るそれだけでもないらしいがの小屋の方だ。

 昨日聞いた話では今日はそちらの方で何かの薬を作っているらしい。


「そう言えば、何の薬かは結局聞けなかったな……」


 別れ際に聞いた話だったので、結局は詳しく聞いていなかった。

 一応、何の薬か程度は聞いたのだが、何故か言葉を濁していたのでそれ以上深く聞かなかったのだ。


「……本当に何の薬なんだろう。今までは聞けばすぐに教えてくれたのに」


 首を傾げるエド。

 聞けばどころか聞かなくても延々と説明するくらいだったので、よけいに気になった。

 そして色々考えて、


「これから会うんだから、直接聞けばいいんだ」


 という結論に達した時にはもう作業小屋は目と鼻の先だった。

 だが、何か奇妙な違和感を感じた。

 その違和感の正体はすぐに分かった。

 閉めきった窓や扉から微かにもれる煙。

 一瞬、心臓が高鳴った。


(火事かっ!?)


 思わずかけだそうとして思いとどまった。

 それは煙……らしきものが少し変だったからだ。

 色はあまりにも白っぽ過ぎて、よくよく見ると煙というより埃のように思える。

 ソロソロと近づいていくと、微かに妙な匂いがした。

 以前、作業小屋で嗅いだ酸っぱい匂い、それを薄めたような感じだった。

 確かめようと大きく匂いの充満した空気を吸い込むと途端にクラッときた。


「……え?」


 慌てて頭を振って、意識を保つ。


「な……んだこれ」


 なるたけ吸わないように気をつけながらドアに手をかけた。

 開ける前に中にいると思われるシルルに呼びかける。


「シルルー。何やってるんだよっ?」


 途端に中から何かが崩れるような凄い音。

 続いてドタバタとせわしなく走り回る音。


(???)


 疑問符がエドの脳裏を駆けめぐる。


「おーい。入るぞ」

「エ、エドッ!?」

「そうだよ。他にいないだろ?」

「わ、ちょっと待って。今入っちゃダメッ!! ドア開けちゃダメェェェェェッ!」

「へ?」


 ドアを手に掛けたままの姿勢で固まったエド。


(そーいう事は開ける前に言えよ)


 そう思ったが口にする事は出来なかった。

 なぜならあまりの事に言葉を失ったからだ。

 まるで霧の中に突っ込んだように錯覚する程、白い煙が吹き出して来る。


「な、なんだよっ、これっ!!」

「あわわっ、エドッ! 吸っちゃだめっ、息しちゃだめっ!!!」

「無理言うなぁぁぁっ! 息しなかったら死ぬだろっ!」

「いいからっ!! 言う通りにしてっ!!!!」

「だから、無理だって言っている……って」


(……あれ?)


 視界が一回転した。


「きゃぁぁぁぁ、エドッ! しっかりっ!!」


 耳に響く声を聞きながらエドはすっかり混乱していた。

 体がまったく動かない。

 が、その反面。意識はハッキリしている。

 何が起こった?

 頭のすぐそばで激しい足音が行き来する。


(頼むから踏んづけるのだけは勘弁してくれよな)


 祈りが通じたのか、たまたまか一度も彼女の足が接触する事もなく、気付くと白い煙が薄くなってきた。

 肌に風を感じる。

 恐らく、さっきからシルルがあちこち行き来しているのは小屋の戸という戸を全部開けたのだろう。

 でも、そんなに動き回るほどこの小屋に戸があったっけ? とそう考えられるあたりエドも冷静さを取り戻している。


「もうっ、だーかーらー、吸っちゃだめだっていったのに」


 ……ん?

 だから? 吸っちゃだめ?

 つまりはあの煙みたいなのを吸ったからこうなった?

 疑問を口にしようとして、舌が痺れてうまく言葉が発せられない事にいまさらながら気付いた。

 無理をしたらなんとかなりそうな気もしたが舌を噛みそうな気がしたのでやめにした。

 シルルの様子を見ると、彼女はオロオロとしているものの切羽詰まった感じではない。

 どうやら、動けなくなる以外の害はないらしい。

 たぶん、彼女がなんとかしてくれるだろう。

 そう腹をくくってエドはそれを待つ事にした。




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