ネクロノミコン~つまり、幼児でした~
「……それほどまでに彼女は別格なのか?あの、<夢楽園>に匹敵するほどの」
「ええ、断言できますよ、それだけは。というか、おれはその<夢楽園>をまったく知らないので実力は分かりませんが、現段階では彼女の方が上だとおれは考えてます」
「ふ、ふふふ。なにを言い出すかと思えば春日木さんだったかな?その彼女があの<夢楽園>に勝るなどとは、戯れ言も大概にーーーー」
「戯れ言だと、思いますか鳴神会長。おれの言葉が、嘘偽りのある虚言だと、思われますか?」
「ーーーーいや、すまない。なにも、笑うつもりは無かったんだ。だが、君と同じく私も彼女のことをよく知らない」
そりゃそうだよな。
少し、おれも熱くなりすぎたか。
だけど、なんかこの鳴神会長からは変なものを感じているんだよな。
まるで、首筋に刃が剥き出しの刀を突き付けられてるみたいな。そんな感覚がして不快だ。
「そうですね……」
ふと、時計が気になり、時間を見ると時計の針は午後6時を指していた。
…もうこんな時間か。
思いの外話し込んでいたようで早い時間の経過に驚愕する。
「もうこんな時間ですし、今日はここでお開きにしてまた後日、ということで手を打ちませんか?」
「ふむ。そうだな。ではまた明日の放課後に生徒会室まできてくれ」
「分かりました。では、また明日」
「また明日」
そう一言交わし、おれは生徒会室から退散した。
不快な気配も無くなっておれの気分は良かった。
下駄箱へ向けて廊下を歩いていると、おれは廊下の隅に二つの小さな影を見つけた。
年の頃は内の末妹と同じ五歳そこいらか。
赤い髪をツインテールにした女の子と紫色の髪に深緑の瞳をした男の子?がいた。
「ねぇねぇ、ハスター?すっごいきれーなおねーちゃんがいるよ」
女の子が言う。つか、おれはおにーちゃんだ。
「そうだね、クトゥグァ。とってもきれーだ」
女の子に聞かれたハスターらしき男の子はクトゥグァと思われる女の子に返事をする。
『生ける炎』に『名状しがたいもの』?
なんつうネーミングだよ。
「あー、えっと君たち?こんな時間になにやってるのかな?あとおれはおねーちゃんじゃなくておにーちゃんだよ?」
「わっ、しゃべったっ!しゃべったよ、ハスター!」
目をキラキラとさせてクトゥグァちゃんは言う。
……そりゃ、人間なんだから喋るでしょ。
「うんうんっ!しゃべったねっ、クトゥグァ!!」
ハスターくんもクトゥグァちゃんと同じく瞳をキラキラさせながら言う。
なに?おれは珍獣ですか……。
「これ、ほしーね」
「うん!ぼくもほしーよっ」
「「じゃあ、奪っちゃえっ!」」
その言葉を切片に突如発生する風の刃。
眼前には炎の竜が迫り来る。
突然のことで対処が遅れたおれは回避も間に合わず、それらの攻撃を直撃する。
「ぐはぁっ」
風の刃に体を切り刻まれ、炎の竜に身を焼かれ、そのまま空気が爆発して壁へと吹き飛ばされる。
激痛が全身を迸り、額からは大量の脂汗が出ているだろう。
「がっ、がぁっ!!」
血反吐を吐き散らしながら体勢を立て直す。
足は震え、視界は霞んでいる。
「はぁ……はぁ…」
まさに息も絶え絶えといったところ。……ヤバイな、果てしなくヤバイ。
「おれはっ!おれはこんなところで死ぬわけにはいかねぇんだよっ!!」
刹那。
世界が停滞する。まるで、歯車の一部を取り除いたかのように……。
「はぁ、はぁ……はぁっ、はぁ。つか、っち、まった…はぁ、はぁ」
必死で呼吸を整えて、おれは傷付いた体を庇いながら、帰路に着いた。
「くっそ、クトゥルフ神話が絡んでるとか、冗談じゃねぇぞ!!」
おれを襲撃した二人の幼児はクトゥルフ神話の邪神、しかも旧支配者の名を付けられただけの幼児ではなかった。
恐らくは、本物。
伊達や酔狂でなく真剣に。
それだけ、あの幼児たちいや、クトゥグァとハスターはヤバかった。
異常とも取れる濃厚な殺気に滲み出る狂気。
……正直な話、洒落になんねぇよ。
そもそも何故、あんな平凡を絵にかいたような学校にこうも異常者が集まってるんだよ、はぁ。
「あー、もうっ!考えてもわかんねぇ!今日は寝るっ」
誰に聞かせるわけでもなく、一人叫んだおれはベッドに潜り込み、そのまま意識を夢の中へ誘われた。