カトゥクレパスの毒~つまり、計画しました~
教室を飛び出したあと、おれは春日木を連れて人気のない廊下へ来ていた。
ふと、彼女を見詰める。
どこから見ても、完璧な美少女だ。容姿のことはさっき触れたけど、背筋もピン、と伸びており、どこか気品を感じる。
そんな彼女が何故、中二病などといったある意味、百害あって一利なしなものなんかに身を染めているのか。
いや、理由なんてないんだろうな。中二病なんてそんなものだ。理由なんてないし、そもそも必要ない。
ある日ふと、周囲の環境や、数奇的な運命が巡りあって発症してしまう、哀しい病だ。
だからおれはそんな彼女をーーーー
「そろそろ手を離してくれない?痛いのだけれど」
「う?あぁ、ごめん」
そこまで考えて彼女の言葉で思考が途切れる。
言われたとおり手を彼女の手首から話したおれは体を彼女の正面に向きなおす。
「それで、ご用件は?なにかわたしに物言いたいことがあってこんな人気のないところまで連れてきたのでしょう?……もしくは、ごうかん?」
「ごっ、強姦ってなんだよっ!?そんなこと初対面の人にするかよ!?」
「そうだったかしら?わたしの記憶ではそういうことは初対面の人の方が多い気がするのだけれど。それとあなたは初対面じゃなければするの?」
「!?」
彼女の言葉に絶句した。まずなんでその思考にたどり着くのかが理解できないが、このままではおれは強姦犯に仕立てあげられそうなので、強く反論する。
「それは、それは言葉の綾だろっ!常識的に考えて!!」
「ごめんなさい、わたしには常識なんて言葉は存在しないの」
こんなところで中二病発動しないでいいから!
なんとも面倒臭い奴だった。アイツ(・・・)を彷彿とさせる面倒臭さだだが、まあ方向性は違うからまだこっちのがましか。アイツはもはや面倒臭いというよりウザいからな。
まあ、それは置いておいて。
「お前、中二病だろ。しかも自覚していないタイプの」
「何かしら?そのちゅーにびょう?というのは」
単語まで知らないときたか。どんな私生活送ってんだよ、おい。
しかし、厄介だな。自覚していない中二病はいつ、どんな行動を起こすかわからない。……体験談というか、過去を振り返ってみると自分がいかにイタイ奴だったのかがよくわかるよ、本当に。
「自分の中で現実ではあり得ない妄想を現実の自分に当て嵌めてイタイ行動をするやつのことだよ」
中二病という単語すら知らないこいつのためにできるだけ噛み砕いて中二病の詳細を伝える。
「そうなの?でも、それならわたしには当てはまらないわね。だって、わたしの<透過する不可視>は本物だもの。現にクラスのみんなもわたしが自己紹介していないという事実に気が付かなかったわ。……あなたは何故か気がついたけれどね。何故?」
やっぱりおれの予想は当たっていたか。
こいつは 能力位階(Ability)の中二病患者だ。
中二病には全部で三段階の位階構成がある。まあ、この位階構成という言葉を作ったのは家の麗しき姉君様だが。
まず、最初の位階段階。この位階は 初期位階(fast)と名義付けられており、この位階でできることは何もない。要するに、ただの中二病だ。
次に春日木琉美が到達していると思われる 能力位階(Ability)。この位階では初期位階の時に自分に設定していた特殊能力の中で最も自分が愛着を持っていた異能が顕現する。この時点で常識の埒外に一歩飛び出しているが、最後の位階に比べればお遊戯レベルでしかない。
クラスでの事件から春日木琉美がこの位階であることはほぼ確定しているといってもいい。
最後の位階は割合する。必要性を感じないし、春日木琉美はこの位階に至る可能性は大いにあるものの、それはあり得ないからだ。
何故なら、おれが絶対に阻止する。今決めた。
「まあ、おれが気づいた理由は最初にお前と目があったからだな」
「それだけ?」
「それだけだよ」
「本当の本当に?」
…うぐ。以外にしつこいな。
「本当の本当にだよ」
「…そう」
まだ納得はしていなかったが、彼女はそれきり追求を止めた。
「それで、あなたの用件は何?まさかわたしがそのちゅーにびょうを患っているかを確認するためにこんなところまで連れ出したわけではないでしょう?」
「いや、最初はそれだけだったんだけどな、別の用件ができた」
「別の用件?それは何かしら?」
「お前の中二病を更生するっ!!」
「だから、わたしはーーーー」
「自覚していないだけで確かにお前は中二病だ。お前の能力が本物なのは分かった。だから、手遅れになる前に絶対阻止するっ!」
「手遅れって……」
おれに訝しげな視線を送ってくる春日木だが、おれの心のなかは晴れやかだった。
おれの、おれによる、春日木琉美の中二病更正計画が、始まりの鐘を告げた時だった。