ギルシアの魔天書~つまり、過去のおれでした~
我が月岡家には唯一無二なる姫君、妹様がいらっしゃるのだ。その美しくも愛らしい容貌は周囲を惑わせ、癒す。そんな完璧ともいえる妹様の双子の兄、それがおれ月岡過看だ。
妹様とそっくりな顔立ちをしており、昔は調子に乗った母と二つ歳上の姉の手により、女装を強要されていたため、妹様と間違われることが多かったし、そもそも男として扱われたことは一度もなかった。
……自分が女装なんてしていた過去は内心、中二病よりも抹消したい過去である。
まあ、そんなわけでーーなにがそんなわけかは知らないがーー自己紹介タイムの続きだ。
さ、さっきおれをかーみんという呪名で呼んでいた女子生徒は 充景阿宮葉さんというらしく、彼女によるとおれとは仲良くしたいのであーちゃんって呼んでね♪と自己紹介の最後に言われた。……あーちゃん。
……こほん。そんなわけで自己紹介は続いていくのだが、例の彼女が自己紹介をしていない。
それは彼女の順番が回ってきていない、というわけではなく本来、窓際の一番後ろの席というのはその隣の席である俺よりも前に出席番号が来るはずだ。
だが、誰もが当然、当たり前のように 彼女の順番をスキップした(・・・・・・・・・・・・)。
事実、おれも彼女の存在を少しの間、忘れていた。
まるで、無意識を操られているような、そんな不気味な感覚がおれを襲った。
何故かは大体見当がつくが、まだ確定ではない。現段階で答えを出す、というのは些か早急で、あまり冷静とは言えない判断だ。
だから、おれは待った。この自己紹介タイムの最後の人が自己紹介を終えるまで。
「ーーーー。ーー、ーーーです」
最後の生徒が自己紹介を終え、席に着く。
「よし、これで全員自己紹介を終えたな。それではーー」
「はいっ!先生」
「ーーなんなんだ?月岡」
先生の麗しいお顔とドスの効いた声色で睨まれるのはかなり、怖い。この人には逆らわないでおこうと思った…。
……じゃなくて。
「ひっ、え、いや、その」
「どうした、月岡。要件は簡潔に纏めてから言え」
「いやそのー、まだ自己紹介していない人がいますよー、的な?」
「ふむ……。ああ、しまったな。私としたことが一人生徒を飛ばしていたようだ。すまない、春日木」
「いえ、大丈夫です。先生」
橘先生に春日木と呼ばれた女生徒はこちらを凝視しながら先生に応対する。
やめろ、こっちみんな。
「では、春日木。自己紹介を頼むぞ」
「はい。先生」
淡々と、抑暢なく応答する彼女はどこか空虚だった。
彼女はゆるりと自然な動作で席を立ち上がり、橘先生に言われるまま自己紹介を始めた。
「出席番号9番、春日木琉美。でも真なる名は<I/O>。能力は<透過する不可視>。ただの人間が私と釣り合えるとは到底思えないけど、よろしく」
……特大級の爆弾を落としやがった。
「あははは、わたしはそーゆーの?ちゅ、中二病ってよくわかんないけど、よろしくね、春日木さん」
さしもの充景さんであっても少し引いたようで、他のクラスメイトも腫れ物を扱うかのような態度で彼女へ向かって恐る恐る、「よろしくね」といっている。当人の春日木は既に席について、どこかつまらなそうに前を向いていた。
……ああ。いやなんだよな、こーゆーの。大嫌いといってもいい。一人が作った波紋が全員に広がってこのなんとも言えないような空気を作り出す。
実体験したさ。だから、嫌ってほどよくわかる。
だから……
「春日木さんだっけ?ちょっと、いいかな?」
バンッ、と机を叩き、彼女に語りかける。
そのことで周囲が驚いているが、おれの知ったことではない。
それは彼女のためであると同時に、おれのためでもあった。
……もう自分のような存在を生み出したくない……。
そんな独り善がりの、自己中心的な考え。でも、いかなる障害が訪れようと、おれは決して諦めたりはしないだろう。
それが、過去と決別することを選ばず、過去を背負う選択をした男の矜持。…これだけは、なにがあっても譲れない。
「ふふ、そうよ。それでいいの。<偶像世界の絶対者>」
舞台裏でほくそ笑む存在に気付かぬまま、おれは春日木琉美をつれて教室を出ていった。
さっそく、お気に入り登録してくれた方がいらっしゃったようで、ありがとうございます!!
今まで小説を完結させたためしがない根性なしですが、この作品は完結へ向けて頑張ります!