アストクレピオスの啓示~つまり、フラれました~
「汝のことが好きだ、愛しているといってもいい。それだけ我は御身に身を焦がしている。今すぐにでもはち切れんばかりの情愛がーーーー」
「ごめんなさいっ」
「え、ちょ、ちょっと待ってよっ」
そう一言、強く言い切った彼女はぼくの目の前から消えた。
まるで汚物をみるかのような眼差しでぼくを見下し、腫れ物を扱うかのように震えながら言葉を発し、薄気味の悪いものを見たと言わんばかりの表情でぼくの目の前から走り去っていった。
中学二年冬の苦い、苦い思い出だったーーーー。
私立凡祖学園。
それが、おれが今年から通う高校の名前。
かつて中二病と呼ばれる頭と心の病を患い、予てより好意を抱いていた女の子に告白するも、玉砕。
今思えば当たり前のことなのだが、当時のおれは自らを中二病と自覚していなかった。だから、彼女にフラレた理由も全くわからなかったのだ。
自分の見てくれは目に毒なほど崩壊していないし、男が告白すれば必ず付き合えるとか阿呆のようなことを思っていた。
ああぁぁぁぁっ、思い返すだけではずかしぃわ、おれっ。死にたくなってくる………。つか死にたい、死なせてくれっ。
………まあ、そんなわけで中二病は見事におれの黒歴史と成り果てているのだ。今すぐ抹消したい過去だが、流石に俺でも 現実の運命を変えることはできない(・・・・・・・・・・・・・・・・)。
だからおれは誰も知り合いのいないこの学園に入学したんだ。
もう中二病の異常生活は終わりを告げたんだ。これからはこの凡祖学園でおれの普通の生活が始まる。
胸に期待と希望を抱きながら、おれは校門をくぐった。
「えっと……おれのクラスは一年C組か」
一年C組。
いい。すごくいい。なんとも普通。なんとも平凡。やっぱりこの高校はおれの新しい聖域となってくれるようだ。
ざっと見渡した限り、クラスメイトも奇抜な人間は……奇抜な人間は、うん。ぼくはなにも見ていない、見てないよ。
窓際一番後ろの席で右腕に包帯をぐるぐる巻きにして右目には眼帯、制服の上に黒のトレンチコートを纏った黒髪美少女なんて見ていない。……みてないんだからねっ。
なんで、おれはツンデレっぽくなっているんだよ。
つか、いたよ。いましたよ。バッチリ見ちゃいましたよっ。
マジかよ、オイオイ。いきなりですかオーマイガー。
いや、大丈夫だ。おれと彼女は初対面の赤の他人どころかおれが一方的に見てただけだから対面すらしていないっ。だから大丈夫。大丈夫だよね…?。
ふと、視線を感じて視線が当てられている方向へ顔を向ける。
………見てる。メチャ見てくるよ、あの娘っ!。
「あ、えっとぉ、なんかようカナ?」
ぶっちゃけた話、窓際の一番後ろの席っていったけど、おれの席はその隣なんだよね…。
だから、モロに彼女のお顔を見ちゃいまして……。
すごい美少女だよ、家の妹様に並ぶんじゃないかな?
陶器品のように白い肌に黒曜に似た光沢を放つ黒目に掛からないよう綺麗に揃えられた前髪。顔のパーツは絶妙なバランスを保っており、正に絶世の美少女と言ったところか。サラサラした癖のない黒髪もさっき見たとき確認したが腰辺りまで伸びている。
……まあ、その全てを台無しにする要因が彼女にはあるんだけどねっ!!
「感じるの」
「え?」
感じるって、何を?
彼女はそれだけおれに告げると、前へ向き直り、それ以降、話しかけてくることはなかった。
彼女とのファーストコンタクトから五分後、俺たちの担任となる妙齢の女性が教室へ入ってきた。
「私がこれからの一年、君たちの面倒をみることになる、橘雨水だ。まあ、よろしく頼むよ」
橘先生は結構な美人だった。地毛なのかはわからないが、腰辺りまである白髪に翡翠のような碧眼。スタイルも抜群で出るとこはでで引っ込むところは引っ込んでいる。正に大人の女性だ。
「はい、せんせーは彼氏いますか?」
「せんせースタイルいいですね!!」
「先生美人!!」
などなど、クラスメイトたちが先生に質問する。よし、ここは俺もこの空気にのって……。
「はい、橘先生は結婚され…グハッ」
突如おれの額に激痛が襲った。
「いつつ…。いったいなんだってんだ?……あつぅ!?」
痛みがある額に触れるとあまりの熱さに声が出た。
「どうした、出席番号19番 月岡過看。私になにかようか?ううん?」
ドスの効いたアルトヴォイスが聞こえる。
恐る恐る教卓の方へ顔を向けるとそこには鬼がいた。
いや、表情がとりたてかわっているわけではなく、何となく、体から溢れるオーラのようなものが……。
とにかく、教壇の上で仁王立ちをする先生は揶揄すればさながら百鬼夜行の主といった佇まいをして、おれを威圧していた。
あれ、もしかしなくてもおれってば地雷踏んじゃったり……?
あのあと、滞りなく用件を伝えた先生はもはや、小学、中学、高校と通行儀礼化した自己紹介タイムをするよう、おれたちを促した。
「えっと、出席番号19番、月岡過看です。よろしく」
当たり障りのない自己紹介を終え、席に着こうとする。
だが……
「はいはーい!かーみんはなんで男子の制服着てるわけ?まあ、かーみんほどの美少女ならよく似合ってるし、ぶっちゃけ眼福なんですけども」
か、かーみん!?な、なんでごじゃりましょうかねその名は!?つか、美少女?!美少女といいやがりましたか、おい!!
「おれは…………」
「んー?どーしたのかな、かーみん♪」
「おれは男だぁぁぁぁっ!!」
小学、中学と変わることのないこの扱い。流石に二次成長を終えた高校生なら女の子に見られないと思っていたのに……。
反対する家族を振り切って長く伸ばしていた髪を切って、男らしさを上げるため、口調も『ぼく』から『おれ』に変えたのにぃ……!
「男、男ぉ……!ぼくは男だぁぁぁぁ!!」
波乱の学園生活が幕をあげた。