第二回 本当は蕎麦を!!
私はこの部屋に侵入してきた男の人をしばらく口をあんぐりとあけて見ていたが、ハッとして叫んだ。
「きゅ、救急車呼びますよっ!?」
「きゅ、救急車呼ぶんですか!?」
侵入者の焦燥を無視して、胸の大きい女の子に抱かれながら、私は携帯電話を手に取った。
「えーと…困ったな…」
たははと笑いながら、何故か呆れ気味に私を見る侵入者。…何か反応が激しく薄い気がする…。
普通、これで逃げる、よね…?(汗)
思っていると、私に抱きついていた女の子が
「おっ!こうすけ!あんたもナポリたん?」
と侵入者を見てそう言った。
きょ、共犯!?
いや、冷静に考えたらそうよね、いや考えなくてもそうだわ(汗)大体女の子とは言え、奇声をあげて玄関扉からダンボールに突っ込んで来たんですもの!(汗汗)この二人は後で救急車の方に運んでもらうとして、とりあえず、せめてダンボールは片付けていってもらわないと!(滝汗)
侵入者を見ると、彼は額を押さえて、うーんと唸っていた。余程救急車で運ばれたくないようだ…。
「いや、あの律佳…。俺達さ、同棲してほぼ五ヶ月の中じゃん?」
「うん」
ええっ!?きょ、共犯にてコイビトーッ!?
さらに侵入者=共犯兼コイビトは、どこか寂しそうに、
「『あんた』はないでしょ…」
と私に抱きついている女の子に言った。
「うん、ごめん」
ってうわっツンデレかぁい!(恥)ホンモノ初めて見たよーっ!(驚)
「それでえっと、美奈子さん」
「は、はい!」
「何だかよく分からないうちに、突然お邪魔していて…本当にすいません…」
「あ、いえ、別にいいですよっ」
って良くなーいっ!(泣)
「ありがとうございます」
侵入者は笑ってそ言った後、頭を掻いて、
「コイツ、僕の彼女で、律佳って言うんですけど…とんでもないトラブルメーカーで」
「は、はぁ」
「今日も、“お隣さんが来たから引越し蕎麦食べに行く〜”とか言って…」
「えぇっ!?ひ、引越し蕎麦って食べに行くものだったんですか!?」
「い、いやいや、コイツがボケてるだけですよっ」
焦ったように侵入者は汗をかいて、その“律佳”ちゃんとやらの頭をコツンと叩いた。
「ちょ〜!なにすんのよ!しかも蕎麦じゃなくてナポリたんを食べに来たんだよ!?」
「それもお前のボケだよ」
侵入者が疲れたように笑ってそう律佳ちゃんに言ったとき、私はおかしくなって、クスと笑ってしまった。
「あ、笑うなぁ!って言うかこうすけ、この人すごいんだよ!?片裡羽高校のりじちょ──」
そこでまた侵入者にコツンとやられ、言葉を遮られる律佳ちゃん。
「さっき聞いてたけど、それもお前のボケだろ」
再度疲れた顔で侵入者が笑ったとき、私はとうとう吹いてしまった。
「…ぷっ!あははははっ!お、面白すぎですよ〜、侵入者さんと律佳ちゃん!あはははは…」
「え…もしかして…侵入者…って僕…?」
「私は律佳ちゃんでオッケー♪」
「あは、はぁ、はぁ…もう…」
私は笑いすぎて出た涙を指で拭った。
「そ、それより…あなたたちはその…」
「侵入者が、僕〜…──って、え?ええ、はい、申し遅れました。隣の部屋に住んでいる伊井森 耕輔と申します。あなたのことは、管理人さんから聞いています。これからよろしくお願いしますね、美奈子さん」
侵入者──改め、お隣さんの耕輔君は、私に握手を求めてきた。私は律佳ちゃんに抱かれたまま、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
耕輔君の手を握った。
「あ。でも律佳ちゃん…ごめん…」
「?」
「蕎麦ないんだ…」
「え!…ああ…まあいいけど…」
律佳ちゃんはがくりと肩を落とした。
「あ、でも、スパゲッティならあるよ」
さっき読み上げた「ナポリたん」の文字は、そのダンボールに入っていたモノをさしていたのだ。
「おおっ!ナポリたん!」
急に律佳ちゃんが元気になって立ち上がる。そこに耕輔くんが私の耳元で囁いた。
「美奈子さん、無理しなくてもいいんですよ?」
「いえ、ダンボール一箱分ですし、一人では到底食べれるものじゃありません。それにそればかり食べても飽きますしね」
笑って見せると、耕輔くんは「確かに」と頷き、足元にあったダンボールの断片を手に取った。
「本当に“ナポリたん”って書いてありますね…」
しかし私は書いた覚えなどない。と言うことは
「母に手伝ってもらっていたので、きっと母ですね」
母が“ナポリたん”とダンボールに書いているところを想像して、私は苦笑した。
「なら、せめて僕が作りますよ。ダンボールをちらけたり、その他もろもろの、罪滅ぼしも兼ねて」
「ありがとうございます」
その日、三人で食べた夕食のナポリ『たん』スパゲッティ(耕輔君特製)は、とてもおいしく、それに加えて、最高に楽しかった一日でした。