第十三章 社畜エルフの誕生と、悪徳商会の兵糧攻め
「エルフの官僚と、朝のポテチ裁判」
王都のパチンコ屋での大立ち回りから数日。
ポポロ村の村長宅――現在私たちが間借りしているカオスなシェアハウスには、奇跡的とも言える平穏な朝が訪れていた。
「パリッ……サクサク。アマネさん、この『のり塩味』も素晴らしいですが、やはり朝一番の空っぽの胃袋には『コンソメパンチ』の暴力的な旨味が一番沁みますね♡」
「ルナさん、朝からポテトチップスの大袋を開けるのはやめなさい。エルフの次期女王としての威厳が粉々よ」
リビングの中央に鎮座する『こたつ』に半身を突っ込んだまま、パステルカラーのドレスにポテチの粉をこぼしているルナを横目に、私は深々とため息をついた。
完全に地球のジャンクフード(MSG:化学調味料)の虜となった彼女は、今や「歩く自然災害」から「ただのポテチ依存症のニート」へと見事なジョブチェンジを果たしている。
「アマネ様、ルナ様の食生活は完全に堕落しておりますわ。見てください、この私を。朝早く起きて公園で摘んできた『名もなき雑草のサラダ(ルナキンでもらった無料ドレッシングがけ)』と、パンの耳。これぞ真のオーガニック、真のエコ・アイドルですのよ!」
「リーザちゃん。それはオーガニックっていうか、ただの極限サバイバル(乞食)だから」
私はタローマン製のマグカップに注いだブラックコーヒーをすすりながら、手元のバインダーに挟んだ村の帳簿に目を落とした。
ルナが世界樹から毎月送りつけられてくる『純金100kg』は、相変わらず地下室で厳重に塩漬けにしてある。市場に出せばルナミス帝国の経済が即座にハイパーインフレを起こして崩壊するためだ。
「はぁ。これだけ純金があるのに、手元の現金(生活費)はカツカツだなんて……どんな皮肉よ」
「俺の給料もそろそろアップしてほしいっすねぇ。パチンコも禁止されちゃったし……」
護衛のフェイトが、縁側で木刀を振りながらボヤく。
そんな、呆れるほど平和で、少しだけコンプライアンスの緩い日常の風景。
それが、突如として『大地を揺るがす轟音』によって破られた。
ズドドドドドドォォォォォォッ!!!
「な、なんですの!?」
「敵襲っすか!? アマネさん、伏せて!」
シェアハウスの窓ガラスがビリビリと震え、棚から小物が転がり落ちる。
私たちは慌てて外へと飛び出した。
「……えっ」
広場に出て、私は自分の目を疑った。
ポポロ村の石畳を粉々に粉砕しながら、地中から『巨大な樹木の根』が何本も、まるで大蛇のように蠢きながらせり出していたのだ。
「ちょ、ちょっと! 村のインフラ(公共財産)になんてことしてくれんのよ!!」
私の限界OLとしての『器物損壊』に対する怒りが沸点に達しようとした、その時。
巨大な根が交差してアーチを作り、その奥から、眩いエメラルドグリーンの光と共に、豪奢な植物の馬車が現れた。
そして、馬車の扉が開き、中から一人の人物が優雅に降り立った。
「……信じられません。我が同胞の希望、次期女王たるルナ様が、このような魔力の薄い、泥にまみれた人間の辺境村に幽閉されているなどと……!」
現れたのは、ルナに勝るとも劣らない美貌を持つ、長身のエルフの女性だった。
銀色の髪をタイトにまとめ、世界樹の葉で織られた高貴な官僚服に身を包んでいる。彼女の切れ長の瞳は、周囲のポポロ村の風景を「汚物」でも見るかのように冷酷に見下していた。
「シ、シルフィード!? なんであなたがここに!」
ポテチの袋を抱えたまま、ルナが素っ頓狂な声を上げた。
「ルナ様! ご無事でしたか!」
シルフィードと呼ばれたエルフの官僚は、ルナの姿を認めるなり、涙ぐみながら駆け寄ってきた。
「世界樹様が、貴女の不在を嘆き悲しみ、森の植物たちが枯れ始めております! さあ、このような野蛮な人間どもの村など捨てて、直ちに絶対聖域(鳥籠)へとお戻りください!」
「えーっ、帰りませんよ。ここには美味しいジャンクフードもあるし、アマネさんっていう最高のプロデューサーがいますから!」
ルナがポテチをサクサクとかじりながらあっさりと拒絶すると、シルフィードの顔色が変わった。
「そ、その貴女が手に持っている、油と泥の塊のような茶色い円盤はなんです!? まさか、この人間どもに無理やり毒を食わされているのですか!?」
「毒!? 違いますよ、これは『コンソメパンチ』です! 旨味の魔法ですよ♡」
「ああ……なんという痛ましい洗脳! 世界樹の朝露とマナしか口にしてこなかった清らかなルナ様が、人間の汚い食事に染められてしまうなんて!」
シルフィードはギリッと私の方を睨みつけた。
その瞳には、完全な敵意と、上位種族としての傲慢さが宿っていた。
「そこの下等な人間! ルナ様を誑かした罪、万死に値します。今すぐルナ様を引き渡さなければ、この村ごと世界樹の根で養分としてすり潰しますよ!」
シルフィードが杖を掲げると、広場を破壊した巨大な根が、威嚇するようにうねり、ポポロ村の家々に巻きつこうとした。
「……ひぃぃっ! アマネ様、家が! 私の城(仮)が潰されますわ!」
「フェイト、リンちゃん! 出番よ!」
「了解っす! いつでもいけるっすよ!」
「うーん、雷落とせばいいの?」
一触即発の事態。
しかし、私はバインダーを片手に、全く動じることなく一歩前へ出た。
「ちょっと待ちなさい」
私の、底冷えのするような冷静な声が、広場に響いた。
「下等な人間が、命乞いですか?」
シルフィードが鼻で笑う。
「命乞い? 冗談。私は事実確認(コンプライアンスの確認)をしているだけよ。……あなたたちエルフの国は、ルナミス帝国に対して『完全な武装中立』を宣言しているわよね?」
「ええ。それが何か?」
「ここはルナミス帝国の領土よ。そこに、帝国の許可もなく無断で巨大な植物(他国の軍事力)を侵入させ、さらには公共の石畳を破壊した。これ、完全に『国家間条約違反』および『クラスAのインフラ損壊罪』なんだけど。……責任者であるあなたは、その自覚があるのかしら?」
「なっ……!?」
シルフィードの動きが止まった。
まさか、辺境の村の小娘から、国際法とコンプライアンスを盾にした正論パンチが飛んでくるとは思わなかったのだろう。
「こ、これは世界樹様の意志であって、人間の法律など――」
「法律を知らない(無知)は免罪符にならないわよ」
私は冷酷に言い放ち、タローマン製の電卓を取り出してパチパチと弾き始めた。
「広場の石畳の修復費。村人たちの精神的苦痛に対する慰謝料。そして、国家間の無断侵入に対する違約金。……ザッと見積もって、金貨五千枚ってところかしら。世界樹の官僚さんなら、当然、稟議書を通して予算を確保してきてるわよね?」
「稟議書!? 金貨五千枚!? な、何を馬鹿な……我々エルフは世界樹様にすべてを依存しており、お金という概念など――!」
シルフィードが動揺して喚き散らそうとした、その時だった。
「シルフィード。アマネさんを怒らせちゃダメですよ。本当に怖いんだから」
ルナがトテトテと歩み寄り、シルフィードの口に、持っていた『コンソメパンチ』を一枚、ポイッと放り込んだ。
「んぐっ!? ル、ルナ様!? こんな人間の毒を私に――」
――サクッ。
シルフィードの歯が、ポテトチップスを砕いた。
その瞬間。
「……ッ!!?」
シルフィードの切れ長の瞳が、限界まで見開かれた。
彼女の脳髄に、世界樹の森では決して味わうことのできない、圧倒的な化学調味料(MSG)と塩分、そして揚げ油の『背徳の旨味』が、稲妻のように駆け巡ったのだ。
「な……ななな、なんですか、これはぁぁぁぁっ!?」
シルフィードは杖を取り落とし、両手で頬を押さえてその場に崩れ落ちた。
「噛むたびに溢れ出す、謎の旨味……! 塩気……! なのに、決して自然界には存在しない、計算し尽くされた悪魔的な刺激……っ! 世界樹様の朝露が、ただの『味気ない水』に思えてくる……ッ!」
「ね? 美味しいでしょ?」
ルナがニコニコしながら、袋ごとシルフィードに差し出す。
シルフィードは「こ、こんな毒に……私が屈するはずが……ッ!」と泣きながら、猛烈な勢いで袋に手を突っ込み、二枚、三枚とポテチを貪り始めた。
高貴な官僚のプライドは、ジャンクフードの暴力的な旨味の前に、わずか十秒で完全崩壊した。
「……はい、完全陥落ね」
私はバインダーを閉じ、呆れたように息を吐いた。
世界樹という過保護な親にすべてを依存しきっているエルフの官僚など、地球のジャンクフード(MSG)の前では赤子同然だった。
「さて、シルフィードさん。ポテチのお代と、広場の修理代。どうやって落とし前をつけてもらおうかしら?」
私が営業スマイル(という名の悪魔の微笑み)を浮かべて見下ろすと、ジャンクフードの旨味に完全に脳を焼かれたエルフのエリート官僚は、ポテチの粉を口の周りにつけたまま、ヒィィッ! と悲鳴を上げて後ずさった。
ポポロ村のシェアハウスに、ルナに続く第二のエルフ(しかも厄介な官僚)が、まさかの『負債(コンプライアンス違反の賠償)』を背負った状態で居座ることになる。
私の胃痛と、カオスな日常は、どうやらまだしばらく終わりそうになかった。




