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逆襲の号砲 ― 沈黙する艦隊

ドーバー海峡を臨む断崖に、ヨシュアは独り立っていた。 眼下には、清国へ向けて出航を待つ大英帝国の最新鋭艦隊が、その醜悪な黒い船体を休ませている。


「……あんな鉄の塊で、他国の門を抉じ開け、毒を流し込む。 それが貴公らの言う『文明の進歩』か」 ヨシュアは、背後に立つ東インド会社の全権使節、チャールズ・エリオットへ向けて吐き捨てた。


エリオットは、勝ち誇ったような笑みを浮かべて葉巻を燻らす。 「理屈はどうあれ、結果が全てだ。 この艦隊が広東に届けば、林則徐も、あの頑固な皇帝も、跪いて銀を差し出すことになる。 ゴールドシュミット、貴公のちっぽけな金工作も、大砲の前では無力だったな」


ヨシュアの脳内では、かつて自分が関わった「効率的な戦争」の記憶が、激しい拒絶反応と共に渦巻いていた。 数字で人を殺し、弾道計算で未来を焼き払う。 そんな不合理な連鎖を断ち切るために、彼はこの時代にいる。


「……無力だと? エリオット、貴公は肝心なことを忘れている。 軍艦を動かすのは風でも蒸気でもない。……金だ」


ヨシュアは、一通の報告書を風にたなびかせた。


「貴公らが艦隊の石炭と食糧を調達するために発行した兵站ロジスティクス債権……。 その支払期日は、明日の正午だったな?」


「それがどうした。支払いはロンドンの中央銀行が保証している」


「その中央銀行に、今、支払い能力はない」 ヨシュアの声が、波の音を切り裂いた。


ヨシュアは、エピソード5で引き起こした信用崩壊を、さらに一点へ集中させていた。 艦隊の維持費を管理する特定の銀行口座に対し、欧州全土の債権者から一斉に「即時償還」を要求させたのだ。 それは、軍事予算という名の巨大な歯車に、一粒の「絶望」という砂を放り込む作業であった。


「なっ……何を馬鹿な……!」


「貴公らの艦隊は、出航する前に『倒産』する。 水兵たちの給与、燃料の代金、弾薬の仕入れ。 その全ての信用が、今この瞬間、私が書き換えた『市場の評価』によって消滅した」


エリオットの手から、葉巻が零れ落ちる。 沖合の艦隊からは、混乱を告げる信号旗が慌ただしく掲げられ始めていた。


「……ヨシュア……貴様、国家を相手に、これほどの真似を……!」


「国家を相手にしているのではない。 国家という看板の裏に隠れた、貴公ら個人の『強欲』を買い叩いているだけだ」


ヨシュアは、崖の下で動けなくなった黒い巨船を見つめ、冷徹な宣告を下した。


「施されたら施し返す。だが、貴公らが武力で奪おうとした未来は、私が経済で封じ込めてやる。 やられたらやり返す。 十倍、百倍……いや、貴公らの生涯をかけても返せぬほどの絶望を、利息として付けてやる!」


「……覚えておけ。 これが、俺なりの『戦争回避』の作戦ロジックだ。 ……倍返しだ!」


ヨシュアは翻り、馬車へと歩き出す。 かつての設計者は、もはや数字の奴隷ではない。 歴史を、その手で正しく書き換えるための、孤独な相場師へと変貌を遂げていた。

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