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信用崩壊 ― 黄金の鎖を断ち切る者

ロンドンのシティ、その中心部に位置する東インド会社の特権銀行。 重厚な金庫の扉よりも冷徹な空気の中、ヨシュアは独り、理事たちの前に立っていた。


「……ヨシュア・ゴールドシュミット。貴公が持ち込んだこの『新経済案』、到底理解しがたい。 実体のない債権を束ね、それを担保にさらに現金を刷るだと? そんな不確かなもので、清国との貿易赤字が解消できるわけがなかろう」 理事の一人が、鼻で笑いながらヨシュアの提出した書類を突き返した。


ヨシュアは動じない。 彼が提示したのは、当時の人間には到底理解できない、だが数学的に完遂された「信用の創造と破壊」のロジックだ。


「……理解できないのは、閣下たちが『金』そのものに価値があると思い込んでいるからだ。 だが、市場を動かす真の動力は、金そのものではない。 人がその金に抱く『期待』と、裏切りへの『恐怖』……すなわち、信用だ」


ヨシュアは一歩踏み出し、床に散らばった書類の一枚を指差した。


「私が構築したのは、未来の知識ではない。 この醜悪なロンドン市場が、既に内包している『病理』を可視化したものだ。 閣下たちがアヘンという劇薬で得ようとしている利益は、既にこの数式によって、数ヶ月後の破綻が確定している」


「破綻だと!? 我ら帝国が、あのような野蛮な国に負けるとでも言うのか!」


「負けるのは軍隊ではない。貴公らの『財布』だ」 ヨシュアの声が、静かに、だが重く響く。


ヨシュアの脳内では、清国の林則徐によるアヘン処分が市場に与える衝撃が、秒単位のシミュレーションとして弾き出されていた。 それはシステム的な演算ではなく、人間の強欲さと臆病さを知り尽くした彼ゆえの「洞察」だ。


「いいか。信用とは積み上げるのは一生だが、崩れるのは一瞬だ。 私は既に、貴公らがアヘンを担保に借り入れている巨額の短期資金……その貸し手である欧州の金融家たちに、『真実』を伝えてある」


理事たちの顔から、血の気が引いていく。 ヨシュアは、独自に築いた「平和という名の利潤」を求めるネットワークを通じ、アヘン貿易の不確実性をロンドン市場の脆弱性として喧伝し、資金の引き揚げ(キャピタル・フライト)を誘発させていたのだ。


「……貴様、何をした」


「施されたら施し返す。だが、貴公らが清国の民から奪おうとした未来の代償は、このロンドン市場の『信用崩壊』という形で支払ってもらう」 ヨシュアは、懐から最後の一通の通告書を取り出した。


「今日、この瞬間から、貴公らの発行する約束手形はロンドン中で受け取りを拒否されるだろう。 アヘンの煙で目を曇らせた代償は高くつくぞ」


「ゴールドシュミット……! 貴様、ただで済むと思うなよ!」


「ただで済ませるつもりはない。 徹底的に、根こそぎ奪い返してやる。 ……これが、俺なりの『信用の再設計』だ。 百倍返しだ!」


ヨシュアが背を向けて去る背後で、銀行の窓口には預金を引き出そうとする群衆の怒号が響き始めていた。 歴史という名の不合理なシステムが、一人の男の執念によって、音を立てて軋み始めていた。

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