第5話 最初の仕事は、クレーム対応
世界のバランス調整役になって、最初に言われた仕事がこれだった。
「勇者からの、クレーム対応です」
リアが帳面を開き、淡々と告げる。
「……クレーム」
「はい。現在、王都に四十二名の勇者が滞在しており――」
「多いな」
「魔王が消えたことで、全員“やることがなくなった”と」
俺は、深くため息をついた。
(予想はしてたけど)
場所は王城の会議用応接室。
豪華だが、今日は空気が重い。
向かいの席には、鎧姿の男女がずらりと並んでいる。
剣、槍、杖、弓。
全員、目が死んでいる。
女神ミスティアは、俺の隣で小さくなっていた。
「……あの、透真さん」
「なに」
「一応、“勇者様らしく”振る舞ってもらえませんか?」
「無理」
即答すると、彼女は泣きそうになった。
最初に立ち上がったのは、若い男の勇者だった。
「俺たちは!
命を懸ける覚悟で召喚されたんだ!」
「うん」
「なのに魔王はいない!
世界は平和!
俺たちは、何のためにここに来たんだ!」
「多分、召喚事故」
女神ミスティアが「言わないで!」と叫んだ。
別の勇者、魔法使いの女性が続く。
「私、三年分の研究データを捨てて来たんですけど!」
「それは重い」
「帰れないんですよね!?」
「片道仕様」
「言わないでってばぁ!」
部屋が一気に荒れ始める。
「責任を取れ!」
「魔王を返せ!」
「勇者の仕事をよこせ!」
リアが小声で言った。
「……地獄ですね」
「想像以上」
俺は、席を立った。
一瞬で、静かになる。
全員が、俺を見る。
(こういう時の視線は、慣れない)
「順番に話そう」
「その前に!」
一人のベテラン勇者が叫んだ。
「あなたは!
立っていただけで魔王を消したんだろう!」
「そうらしい」
「そんな力があるなら!
俺たちに役割をくれ!」
俺は、少し考えた。
(役割か)
「……質問いい?」
「なんだ!」
「勇者って、何がしたい」
勇者たちが、黙る。
「魔王を倒すこと?」
「世界を救うこと?」
「名誉?」
「居場所?」
沈黙が続く。
やがて、最初の男が言った。
「……必要と、されたい」
俺は、うなずいた。
「じゃあ」
俺は、リアを見る。
「資料、ある?」
「はい」
リアはすぐに帳面を差し出した。
「現在、世界各地で発生している問題一覧です」
俺は、それをざっと見た。
・魔物の生態系崩壊
・旧魔王領の治安悪化
・インフラ未整備地域
・神殿運営人手不足
「……多いな」
「魔王がいなくなった影響です」
俺は、勇者たちを見る。
「魔王はいないけど、仕事はある」
「戦うのか!?」
「いや」
即答。
「戦わない」
「じゃあ何を――」
「直す」
ざわつく。
「勇者は、戦う存在じゃなくてもいい」
「誰が決めた!」
「俺」
一瞬、空気が凍る。
俺は続けた。
「剣が振れるなら、治安維持」
「魔法が使えるなら、インフラ整備」
「頭が回るなら、交渉役」
「戦う場所は、別にある」
勇者たちは、互いに顔を見合わせた。
魔法使いの女性が、小さく言う。
「……それ、勇者じゃなくて……」
「仕事」
俺は、はっきり言った。
「英雄じゃなくていい。
役に立てばいい」
静寂。
やがて、誰かが笑った。
「……泥臭いな」
「勇者っぽくない」
「でも……」
最初の男が、剣を見下ろす。
「……やること、あるな」
一人、また一人と、立ち上がる。
「俺、治安維持行く」
「私は研究と復興支援」
「交渉役、やります」
部屋の空気が、少しだけ軽くなった。
女神ミスティアが、目を潤ませる。
「……透真さん……」
「なに」
「あなた、向いてますよ……管理職」
「言われたくない」
リアが、帳面に書き込む。
「“勇者制度、再定義される”」
俺は、椅子に座り直した。
(戦わない無双も、悪くない)
勇者たちは、それぞれ配置先を決め、部屋を出ていく。
最後に残ったのは、リアと女神だけだった。
女神ミスティアが、深く頭を下げる。
「……ごめんなさい」
「なにが」
「全部」
「今さら」
リアが、少し笑った。
「でも……よかったです」
「なにが」
「勇者様が、勇者を壊さなくて」
俺は、少し考えた。
「壊すの、嫌いなんだ」
リアは、まっすぐ俺を見た。
「……記録しておきます」
「好きにして」
こうして。
俺の最初の仕事は、
魔王討伐でも、世界救済でもなく――
勇者たちの、再就職支援だった。
(次は何だ)
嫌な予感しかしなかった。
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