第4話 世界会議、だいたい地獄
世界会議は、想像以上にうるさかった。
円卓の周囲には、人間、エルフ、獣人、ドワーフ――
そして「どう見ても人間じゃない存在」まで混ざっている。
空気が重い。
魔力が濃い。
そして、全員が俺を見ている。
「……では」
中央席に立つガルドが、杖を軽く床に打ち鳴らした。
「議題は一つ。
勇者――いや、桐生透真殿の処遇についてだ」
一斉に、ざわつきが広がる。
「処遇って言い方、やめようって言ったよね」
俺の小声は、当然スルーされた。
女神ミスティアは、神側の席に座っている。
なぜか椅子が小さく、足が床についていない。
「こ、こほん!」
彼女は咳払いをしてから、胸を張った。
「まず前提として!
この勇者様は、私の召喚によるものです!」
「責任の所在がはっきりしましたね」
即座に突っ込んだのは、銀髪で長耳の女性だった。
エルフの代表らしい。
「ちょっと待ってください! “事故”ではありますが!」
「事故で魔王が消える世界は、初めて見た」
別の席から、ドワーフの王が腕を組んで唸る。
「わしらが千年かけて準備した対策は、何だったんじゃ」
「知らない」
俺は正直に言った。
全員が、俺を見る。
リアが、隣で小さく咳払いをした。
俺は口を閉じた。
「問題は二点だ」
ガルドが続ける。
「第一に、この男が“意図せず世界を破壊できる”存在であること」
「破壊って言い過ぎじゃない?」
「魔王が消えた」
「……はい」
「第二に」
ガルドの視線が鋭くなる。
「この男が、世界に干渉しすぎると、
他者が成長しなくなるという点だ」
神々の席が、ざわついた。
「確かに……」
「勇者制度が意味をなさなくなる……」
「信仰の崩壊は、神格低下に直結するぞ」
女神ミスティアが、ぴしっと手を挙げた。
「はい! でもですね!」
全員が見る。
「この方、めちゃくちゃいい人です!」
一瞬、沈黙。
「……はい?」
「善性の問題ではない」
「性格の話じゃない」
女神は慌てて続ける。
「違うんです!
この方、自分から何かしようとしないんです!」
「それが問題だと言っている」
「ええ!? じゃあどうすれば!」
エルフ代表が、冷静に言った。
「存在しているだけで危険なら、
存在しなければいい」
一気に空気が冷えた。
リアの指が、ぎゅっと帳面を掴む。
ドワーフ王が頷く。
「封印か」
「異界追放か」
「世界の外に捨てるのが無難では?」
女神ミスティアが立ち上がった。
「待ってください!
それはさすがに!」
「女神殿」
ガルドが低く言った。
「君が招いた以上、最悪の結論も覚悟すべきだ」
全員の視線が、俺に集まる。
「……」
正直、めんどくさい。
「質問いいですか」
俺が手を挙げると、少し意外そうな空気になる。
「俺がいなくなったら」
「うん?」
「次の魔王、どうするの」
沈黙。
神々が顔を見合わせる。
「……また勇者を」
「量産して?」
「……」
俺は続けた。
「同じこと、繰り返すんでしょ」
誰も、すぐに答えられなかった。
そのとき、リアが立ち上がった。
声は震えていたが、はっきりしていた。
「発言を許可してください」
ガルドが少し驚きながらも頷く。
「書記官見習い、リア=エルフェリアです」
彼女は、帳面を胸に抱えた。
「私は、勇者様――桐生様を、
“災害”と記録することもできます」
ざわつき。
「でも」
リアは、俺を見る。
「この方は、自分の力を誇らず、
使うことを避けています」
「危険だが、自制している存在――
それは、管理すべき存在です」
神の一柱が、眉をひそめた。
「管理?」
リアは、深く息を吸った。
「世界を壊す前に止める役割。
世界が壊れたあとに直す役割」
一拍置いて、言った。
「世界のバランス調整役として」
会議室が、静まり返る。
ガルドが、ゆっくり息を吐いた。
「……なるほど」
ドワーフ王が笑う。
「便利屋じゃな」
女神ミスティアが、ぱっと顔を輝かせる。
「それです! それいいです!」
「給料は?」
俺が聞いた。
「ありません!」
即答だった。
「……」
(やっぱりか)
ガルドが結論を述べる。
「桐生透真殿を、
世界のバランス調整役として任命する」
「強制ですか」
「強制だ」
「ですよね」
こうして。
俺は――
魔王を倒した勇者でも、
英雄でもなく。
世界の問題処理係になった。
リアが、そっと俺に言った。
「……すみません」
「いや」
俺は、少しだけ笑った。
「悪くない案だと思う」
リアの目が、驚きで丸くなる。
「本当ですか?」
「少なくとも」
俺は円卓を見回した。
「壊すより、直す方が楽そう」
神々が、一斉にため息をついた。
女神ミスティアだけが、元気よく言った。
「では!
本日より業務開始です!」
「早くない?」
「魔王がいない世界は、
問題が山積みなんです!」
俺は、椅子にもたれた。
(帰り道、遠そうだな)
でも――
隣で帳面を抱えるリアを見て、思った。
(まあ、しばらくは)
この世界に付き合ってやってもいいか。
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