第3話 勇者扱い、終了のお知らせ
神殿を出た瞬間、空気が違った。
重たい。
視線が多い。
そして――静かすぎる。
王都の中央区画。本来なら商人の呼び声や馬車の音で騒がしいはずの通りが、今は不自然なほど整然としていた。人々は道の端に寄り、俺たちを見る。
正確には――
俺を見る。
「……あれが」
「勇者……?」
「いや、魔王を一瞬で……」
ひそひそ声が、波のように広がる。
リアが、俺の半歩後ろを歩いていた。
帳面を胸に抱え、背筋を伸ばしているが、耳は真っ赤だ。
「……すごい視線ですね」
「慣れてない」
「ですよね……」
女神ミスティアは、なぜか胸を張って歩いている。
「当然です! 世界を救った勇者様ですから!」
「救った自覚はない」
「そこは空気を読みましょう!」
ガルドは先頭で無言。
だが、時折こちらを振り返り、俺を観察している。
王城が見えてきたところで、事件は起きた。
「勇者様ぁぁぁぁ!!」
横から、突然誰かが飛び出してきた。
若い男。
軽装の剣士。
いかにも「冒険者です」みたいな格好。
彼は俺の前に滑り込み、膝をついた。
「俺は昨日、勇者に選ばれた者です!
どうか、あなたの戦いを見せてください!」
一瞬、沈黙。
リアが固まる。
女神が「えっ」と言う。
ガルドが眉をひそめる。
俺は、男を見下ろした。
「……昨日?」
「はい! 女神様に!」
女神ミスティアが、そっと視線を逸らした。
(量産してるな)
「で?」
「あなたは一瞬で魔王を倒したと聞きました!
ぜひ、その剣技を!」
俺は、剣士の腰に下がった剣を見る。
「剣、使えない」
「え?」
「使ったことない」
剣士の顔が引きつった。
「……では、魔法を?」
「使えない」
「……?」
リアが小声で補足する。
「た、立っていただけで……」
剣士は、ゆっくり立ち上がった。
「……立って」
「うん」
「魔王を……?」
「消えた」
剣士の目が泳ぎ始める。
「……あの」
「なに」
「勇者って……何ですか?」
俺は少し考えた。
「俺に聞かれても」
その瞬間。
剣士の肩から、力が抜けた。
「……そう、ですよね」
彼は、深く一礼した。
「失礼しました。
俺、冒険者に戻ります」
そう言って、あっさり去っていった。
女神ミスティアが慌てる。
「ちょ、ちょっと! 勇者制度が崩れる!」
「元から無理がある」
ガルドが低く言った。
「……見ただろう。
あれが“勇者”だ」
リアが小さくうなずく。
「努力して、覚悟して……それでも届かない存在を、
目の前に出されてしまった……」
女神が反論する。
「でも、世界には希望が――」
「希望は、“並べる存在”でなければならん」
ガルドの言葉は重かった。
「並べない英雄は、信仰ではなく依存を生む」
その視線が、俺に向く。
「……君は、どちらも超えている」
王城に入ると、会議室はすでに準備されていた。
長い円卓。
各国の紋章。
空席だらけ。
「世界会議は、明日だ」
ガルドが言う。
「今日は、休め。
……いや、隔離と言うべきか」
「正直ですね」
「嘘は嫌いだ」
女神ミスティアが慌てて付け足す。
「安全のためです! 双方の!」
「双方?」
「あなたと、世界の!」
リアが小さく手を挙げた。
「あの……」
全員が見る。
「私、勇者様の……いえ、桐生様の記録担当ですよね?」
ガルドは少し考え、うなずいた。
「そうだ」
「では、その……宿舎にも同行を」
女神が目を丸くする。
「えっ!? 危険じゃない!?」
リアは一瞬だけ迷い、それからはっきり言った。
「記録は、近くで見ないと意味がありません」
ガルドは、リアを見て――
そして、俺を見た。
「……異論は?」
「ない」
リアの肩が、少しだけ緩む。
その夜。
王城の一角にある、やたら広い部屋。
無駄に豪華なベッド。
無駄に高い天井。
俺は椅子に座っていた。
リアは、机で帳面を広げている。
しばらく、無言。
先に口を開いたのは、リアだった。
「……怖くないんですか?」
「なにが」
「世界会議。
神様たちが、あなたをどう扱うか……」
俺は、正直に答えた。
「怖いって感情が、あんまり分からない」
リアは、少し驚いた顔をして、それから微笑った。
「……不思議な人ですね」
「よく言われる」
「でも」
リアは、ペンを止めた。
「今日、街で見ました。
勇者の人……」
「ああ」
「壊したくて、壊してるわけじゃないんですよね」
俺は、少し考えた。
「壊れたら、困る」
「……ですよね」
リアは、帳面に何かを書き足した。
「“勇者は、自分の強さを誇らない。
むしろ、扱いに困っている”」
俺は、少しだけ笑った。
「それ、残す必要ある?」
「あります」
リアは、まっすぐ俺を見た。
「あなたを“災害”って書く人は、たくさんいます。
でも……」
一呼吸。
「“人”だって書く人は、私くらいでいい」
その言葉は、妙に胸に残った。
「……ありがとう」
リアの頬が、また少し赤くなる。
外では、王城の鐘が鳴った。
明日。
世界が、俺をどう扱うか決める日。
(めんどくさいな)
そう思いながら――
俺は、この世界で初めて、
「誰かに見られていること」を、悪くないと思った。
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