ゆめのいろ
「構わないよ」
君はソファに横たわると眼鏡を外し、白く細い指でそれをテーブルに置く
レンズの下に隠されて居た長い睫毛が露わになり、僕は暫くの間それを、興味深げに観察して居た
比較すれば全然違うのだろうけど、僕にの眼は君の睫毛が、蝶の触角の様に映って居た
「早くやって」
シャツを脱ぎ、君が僕から視線を逸らす
陶器の様な裸躰を晒すのが恥ずかしいのか、君は両手で自分の肩を抱いて頬を紅くして居る
「美の探求の為だし、君の為なら僕はなんだって出来るから……」
『なんだって』、か
僕はポケットから折りたたみ式の剃刀を取り出すと、君の喉に触れさせる
君が瞑目したまま、「んっ」「くすぐったい……かな…」と身をよじらせた
そのまま刃を皮膚の中へ滑らせると、まるで水に手指でも入れる様に、剃刀は汗に薄く濡れた肌の内側に抵抗無く入り込んだ
最初からそれが自然で在ったかの様に、僕の手にした清潔な金属の銀色が、君の中に入り込んで居る
かなり間を開けて、どろりとした赤黒い血液が蜜の様に切開部分から流れ出して来た
溢れ始めた紅い躰液が、少しずつ勢いを速めていく
舌で掬うと汗のような味がした
君が、額に汗の球を幾つも浮かべながら「遊んでないで……」「早くしろよ……」と僕を急かす
仕方が無いので、僕は君の頸動脈から滴った血に絵筆を浸した
君が小さく苦悶の熱い息を吐き出し、筆先が紅く紅く染まっていく
この段階で僕はおおよその発色を脳裏に予測し終えて居たが、それでも近くのイーゼルに架かったキャンバスの前まで歩き、布地に血液を付着させた
眼も視えなくなったのだろう
君が、「僕の血は」「美しいか?」と深い呼吸を繰り返しながら尋ねてくる
僕は「ああ」「君にも視せたい程だよ」と答え、君の手に指を絡める
次第にその手は躰温を喪い始め、それと並行して脱力し、最後には、だらんと垂れ下がった
僕は冷たくなった君を視た
血の気が引いた為か、皮膚が蝋の様に白い
その素肌のキャンバスに描かれた血は、僕がいま塗りたくった油絵と比較にならない程に美しかった
僕は油絵の残りに取り掛かった
後で解った事だが、布地や紙に描くならば一般的な絵具の方が圧倒的に発色が良く、表現性が高かった




