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無能と追放された俺の「常識」、どうやらこの世界では神の叡智らしい ~定時で帰りたいのに辺境再建から始まる国家再生計画(プロジェクト)~  作者: ヲワ・おわり
第10章:常識という名の最終兵器

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常識という名の罠

俺たちが仕掛けた「罠」は、どこまでも静かで、そして狡猾だった。

まず動いたのは、ダリウスだ。

彼は、その法知識と行政手腕を最大限に駆使し、罠の舞台そのものを、完璧に作り上げた。

彼は、ロデリック辺境伯と国境線の間に位置する、中立貴族(その実、過去の治水事業でダリウスが恩を売っていた男だ)に対し、「王命」として、その屋敷の提供を命令した。

公式な名目は、「北方街道の最終査察のための、最高顧問殿が率いる前線本部を設置する」というもの。

同時に、ロデリック辺境伯に対し、「査察団への全面的な協力が見られぬ場合、反逆の意思ありと見なす」という、王の威光を笠に着た、偽の圧力をリークし、彼らの行動を、巧みに領地内へと縛り付けた。


次に動いたのは、リリアだ。

彼女は、自らが築き上げた商人ネットワークを通じて、最も確実で、そして最も敵が飛びつきたくなるような「偽情報」を、意図的にロデリック側のスパイに掴ませた。

「――帝国からの密使が、最終契約書を携えて、まもなくかの地へ到着するらしい。場所は、ケイ殿のいる査察本部、その目と鼻の先。灯台下暗しとは、このことよ」


功を焦り、そして俺たちを完全に見下していたロデリックとカイルは、そのあまりにも甘美な偽情報に、食いついた。

彼らは、俺が街道整備にかかりきりで、自分たちの陰謀に気づいているはずがないと、心の底から信じ込んでいたのだ。


嵐が闇夜を支配する、その夜。

俺たちの、静かなるチェスは、最終盤面へと移行した。


エリアーナ率いる、王室騎士団の精鋭たちが、「査察団の護衛」という、誰にも怪しまれない名目で、密会の舞台となる貴族の屋敷を、音もなく、そして完璧に包囲する。

俺は、その屋敷の向かいにある、古い監視塔の最上階から全ての動きを、まるで神のように見下ろしていた。

隣には、ダリウスとリリア。俺たちの手元には遠話の魔道具が、静かにその時を待っている。


俺は、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

それは一見すると、どこにでもある、ただの「土地の売買契約書」にしか見えない。

だがこれこそが、俺が仕掛けた「常識」という名の、最終兵器だった。

ダリウスの法知識を総動員し、一見すると合法的な土地取引だが、その条文の解釈によっては、国家反逆罪に直結するという、巧妙な法的トラップ。

そして、リリアが手配した特殊なインク。熱を加えることで、隠された文字が浮かび上がるという、化学的な仕掛け。


屋敷の一室。

ロデリック辺境伯、兄カイル、そして帝国の密使(もちろん、リリアが手配した変装の達人である、偽物だ)が、テーブルを囲んでいた。

彼らは、偽の密使が提示した「帝国からの最終契約書」――すなわち、俺たちが用意した罠の契約書に、何の疑いもなく目を通す。

その内容が、自分たちにあまりにも都合の良いものである(と彼らは思い込んでいる)ことを確認し、ロデリックとカイルは、満足げに、そして傲慢な笑みを浮かべて、その契約書に自らの血蝋で、署名を行った。

彼らの愚かな野望が、成就したかに見えた、その瞬間。


俺は、遠話の魔道具に、ただ一言静かに告げた。

「――チェックメイトだ」


次の瞬間。

屋敷の窓ガラスが、凄まじい音を立てて砕け散った。

嵐の中から、黒い影のように、エリアーナが部屋へと突入する。

「――国家反逆罪の現行犯で、全員を拘束する!」

同時に、屋敷の全ての扉が蹴破られ、武装した騎士たちが、一斉になだれ込んできた。

完全に油断していた反逆者たちは、抵抗する間さえもなく、あっけなくその場にいた全員が、取り押さえられた。



数日後。王城の大評定の間。

国王と、王国中の全ての大貴族たちが見守る前で、最後の審判が行われた。

捕らえられたロデリックとカイルは、鎖に繋がれながらも、最後まで、見苦しく無実を主張した。

「これは、あの男ケイによる、我々を陥れるための卑劣な陰謀だ!」

「我々は、ただの土地取引をしたに過ぎない! この契約書が、その証拠だ! これ以上の証拠など、どこにもない!」


「――証拠は、ありますよ」

静まり返った評定の間に、俺の静かな声が響いた。

俺は、彼らが署名した、あの契約書を手に、国王の前へと進み出た。


「恐れながら、陛下。その契約書を、そこに灯る燭台の炎に、少しだけ、かざしていただけますでしょうか」


廷臣の一人が、訝しげに、しかし命令に従い、羊皮紙を炎にかざす。

すると、どうだろう。

熱に反応した特殊なインクによって、それまで何も書かれていなかったはずの余白に、おぞましい文言が、黒々と、まるで呪いのように、浮かび上がってきたのだ。


『――ジルバーナ王国領の一部を、グライゼン帝国に、永久に割譲する』

『――我らは、帝国に対し、永代の忠誠を誓う』


評定の間が、驚愕と、そして怒号に包まれる。

「ば、馬鹿な!?」

「そ、それは、奴が仕掛けた、邪悪な妖術だ!」

カイルが、狂ったように叫ぶ。


その時、ダリウスが進み出た。

「妖術ではありませんな。では、法的な側面から、この私がご説明しましょう」

彼は、契約書の条文を一つ一つ読み上げ、そこに隠された、巧妙な法的トラップを、完璧な論理で、解説していく。

「…と、いうわけでして、この第十七条の『土地の管理権を、相手方に『永久に』委任する』という一文は、我が国の法律に照らし合わせると、実質的な主権の譲渡を意味します。つまり、あなた方は、自らの意思で、この国を売ったのです」


「き、金など、一銭も受け取っておらんわ!」

ロデリックが、最後の悪あがきをする。

その前に、リリアが進み出た。

「ええ、現金では。ですが、この帳簿によれば、辺境伯、あなたの親族が経営するダミー会社に、帝国系の銀行から、契約日と全く同日に、土地の価格とは到底釣り合わない、多額の『融資』が行われておりますね。これは、一体…?」

彼女が突きつけた、完璧な金の流れを示す帳簿。


化学、法学、そして会計学。

三つの、動かぬ証拠。

そして俺は最後に、静かに前に進み出ると、絶望に顔を歪める、兄と、辺境伯に、宣告した。


「あなた方を追い詰めたのは、妖術でも、魔法でもありません」

「ただ、我々の世界では、ごくごく当たり前の」

「――『常識』と呼ばれる、知識の積み重ねです」


「あなた方の、矮小で、そして愚かな陰謀は」

「我々の『常識』の前に、完膚なきまでに、敗れ去りました」


全ての言い逃れの道を絶たれ、ロデリックとカイルは、その場に、糸の切れた人形のように、崩れ落ちた。

国家を揺るガした大陰謀は、一滴の血を流すこともなく。

ただ、圧倒的な「知」の力によって、完全に、そして静かに、鎮圧された。

国王が、静かに玉座から立ち上がる。

その顔には、安堵と、そして目の前の、もはや「辺境の賢者」などという言葉では言い表せない、若き英雄に対する、底知れない畏敬の念が、浮かんでいた。

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