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無能と追放された俺の「常識」、どうやらこの世界では神の叡智らしい ~定時で帰りたいのに辺境再建から始まる国家再生計画(プロジェクト)~  作者: ヲワ・おわり
第1章:追放と絶望の村

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住民説明会という名の戦場

翌朝、日の出と共に、テュロス村の中央広場は異様な空気に包まれていた。

エリアーナの号令で集められた村人たちの顔には、睡眠を妨げられた不満と、これから何が始まるのかという不信感がありありと浮かんでいる。まるで、これから罪人の処刑でも始まるかのような、重苦しい沈黙。


村長のハンスは、広場の中心で腕を組み、彫像のように動かない。その鋭い目は、これから登場するであろう若き代官を、まるで獲物を待つ老狼のように睨みつけていた。彼は、この村の伝統と秩序を守る最後の砦として、どんな甘言も一蹴してやるという決意を固めているようだった。


俺は、一台の荷車を演台代わりにして、その上に立った。

朝日が、俺の背後から差し込み、長い影を村人たちの上に落とす。

深呼吸を一つ。

甦るのは、前世で幾度となく経験した、あの胃が痛くなるような光景だ。公共事業への反対集会、予算削減に対する住民説明会…。罵声と怒号が飛び交う、あの戦場の記憶。

それに比べれば、今のこの静寂など、可愛いものだ。


「皆さん、おはようございます。代官に着任した、ケイ・ヴァイフ・ジノミヤです」


俺は、穏やかだが、広場の隅々まで届くように計算された声量で語りかけた。威圧するのでもなく、へりくだるのでもない。ただ淡々と、事実を告げるように。


「本日は皆さんに、この村を覆う疫病を克服するための、三つのお願いがあって集まっていただきました」


ざわ、と村人たちの間に小さな動揺が走る。税の話でも、強制労働の話でもない。疫病を克服する、だと…?

俺は、その動揺が広がる間を与えず、簡潔かつ明確に、昨日まとめた三つの提案を提示した。


「一つ、ゴミは村の東の外れにある窪地にまとめて捨てること。当番制で毎日収集します」

「二つ、用を足すのは、これから指定する場所に掘る『共同トイレ』でのみとすること」

「三つ、井戸から汲んだ水は、必ず一度沸かしてから飲むこと」


その瞬間、重苦しい沈黙は、爆発的な怒号の嵐へと変わった。

「馬鹿なことを言うな!」

「ゴミなんざ、どこに捨てようが俺たちの勝手だろうが!」

「神聖な井戸の水を煮るだと!? 神の祟りがあるぞ!」


予想通りの反応。いや、予想以上に感情的だ。

その怒号の先頭に立つように、村長のハンスが一歩前に出た。


「代官様! 我々は、先祖代々このやり方で生きてきた! 病は、神がお与えになる試練だ! それを、ゴミがどうだの、水がどうだの…我々の信仰と、この土地の伝統を、土足で踏みにじるおつもりか!」


それは、この世界の「常識」を代弁する、最も手強い反論だった。

隣に立つエリアーナが、緊張で息を呑むのが分かった。

だが、俺は冷静だった。相手の土俵(信仰や伝統)で戦うのは、三流の交渉術だ。


俺は、ハンス村長をまっすぐに見据え、静かに、しかし鋭く切り返した。

「ハンスさん、お尋ねします。その、神がお与えになる試練で、この村ではここ数年で、何人のお子さんや赤ん坊が命を落としましたか?」

「なっ…!」


核心を突く質問に、ハンスが言葉を詰まらせる。村人たちの怒号が、ぴたりと止んだ。

俺は続けた。


「神は、なぜか弱い子供ばかりを狙って、試練をお与えになるのですか?」

「神を熱心に信仰しているあなた方のような善人が病に倒れ、信仰心のないならず者がぴんぴんしているのは、一体なぜなのですか?」


俺は、宗教や伝統といった、証明しようのない抽象的な概念を攻撃しない。

ただ、誰もが否定できない「事実」――愛する子供が、理不尽に死んでいくという、この村の現実だけを突きつける。

広場は、水を打ったように静まり返った。ハンス村長は、悔しげに唇を噛みしめ、俯いている。


完全に場の空気を支配した俺は、畳み掛けるのではなく、一転して、彼らに逃げ道と、魅力的な提案を用意する。これもまた、前世で培った交渉術の定石だ。


「皆さんのこれまでの暮らしや、信仰を、私が否定するつもりはありません」

俺は、穏やかな声で語りかける。

「ただ、私に、たった1ヶ月だけ、時間をいただけませんか?」

「この三つの約束を、たった1ヶ月だけ、騙されたと思って、村の皆で守ってみてほしいのです」

「もし、それで病人が一人も減らなかったら、私はこの代官の職を辞し、二度と皆さんの前に姿を現しません。皆さんの暮らしは元通りになる。あなた方は、何も損をしません」


そして、俺は一呼吸置いて、最も重要な言葉を口にした。


「ですが、もし…。もし、たった一人でも、本来死ぬはずだった子供の命が、それで助かるなら…」

「――試してみる価値は、あるとは思いませんか?」


成功すれば、子供が助かる。失敗しても、損はない。

反論の余地を完全に封じられた、究極の選択。

村人たちは、顔を見合わせ、もはや何も言うことができなかった。


そして、俺は最後に、ダメ押しの一言を放つ。

俺は、心底不思議でたまらない、といった表情で、小さく首を傾げてみせた。


「え、これ、常識ですよね?」


その一言が、決定打だった。

村人たちの間に、衝撃が走る。

(常識…?)

(我々が、知らなかっただけなのか…?)

(この世界の、本当のことわりとは、こういうことだったのか…?)

(このお方は、我々には計り知れぬ高みから、この世の全てを見ておられるのだ…!)


彼らの価値観が、音を立てて崩れ去り、再構築されていくのが、肌で感じられた。


この一部始終を、隣で固唾をのんで見守っていたエリアーナは、背筋に氷を差し込まれたような、強烈な衝撃に打ち震えていた。

(民衆の激しい反発を、怒鳴るのでもなく、威圧するのでもなく、ただ静かな言葉だけで、完全に掌握してしまった…)

(反論を予測し、相手の逃げ道を塞ぎ、最後には自らの価値観を、絶対的な真理として相手に植え付ける…これは、人の心を操る、高等な心理掌握術だ…)

(そして、あの最後の『常識』という一言…! 自らの知識が、神々の領域にあることを暗に示し、我々愚かな民を導くための、なんと深遠なる慈悲の言葉だったのか…!)


彼女の中で、俺の評価は「得体の知れない男」から、「人知を超えた、恐るべき賢者」へと、この瞬間、決定的に塗り替えられた。

壮大な誤解が、ここに完成した。


ハンス村長は、もはや反論の言葉もなく、その場にがっくりと膝をついた。

俺は、荷車から静かに降りる。そして、誰にも気づかれないように、心の中で、小さくガッツポーズを作った。


(よし、第一関門突破! 前世のモンスタークレーマーに比べれば、まだ話が通じるだけマシだったな!)


俺の内心の安堵と、俺に向けられる畏怖と驚愕の視線。

その致命的なまでのギャップに、俺自身が気づくのは、まだもう少し先の話である。

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